あの凶王が妻を娶ったという噂は瞬く間に知れ渡った。 特に西軍に属する顔触れは、その妻と言うのを三成がことの他寵愛しているという噂もききつけて、からかいがてら顔を拝んでやろうと大阪城に集まった。
「なんだ貴様ら、揃いも揃って」 「なに、アンタが可愛い嫁貰ったって噂聞いたもんでよ。皆で祝いに来てやったんじゃねぇか」 「………」 「黙ってねぇで中に入れろや」
客人が来たぞ、と刑部に言われて出て行った三成は、何となく気が進まなかったが長曾我部に押されて全員(長曾我部と佐助と毛利の三名)を城内に招き入れた。
「物好きよなぁ、遠路はるばる三成の嫁を見に来るとは」 「肝心の嫁の姿が見えないけど?」 「そちらは真田の姿が見えぬが?」 「え、うちの大将はこういうの興味ないからねぇ…俺様は違うけど」 「…毛利まで興味があるか」 「ただの嫁ならいざ知らず、骨抜きと言うではないか。余興にはなる」 「………」 「貴様らに舞雷の姿を晒すつもりはない」
さも愉しみにしているという風の連中を前に、三成は眉を寄せて言い放つ。 これを聞いた全員も眉を寄せ、まず長曾我部が「ふざけんなよ!」と文句を言った。
「別にとって攫いやしねぇよ!」 「味方なんだからいいじゃない」 「どうせ舞雷は貴様らなどと逢おうとすらしない。判ったら早急に帰れ」 「えー…せっかく抜け出してきたのに…」 「つまんねぇな…」 「ぶつくさ言う暇があれば早く去ね!」
まだぶちぶち文句を言う長曾我部と佐助を追い出そうとする三成の背後で、件の嫁がゆっくり近づいてきていることに気づいているのは、黙っている二人だけ。
「二度と私の舞雷と逢おうなどと口にするな!」 「それ独占欲なの?」 「そうだ、悪いか!…………」 「あ?あれ嫁じゃねぇ?」 「嫁っぽいね」
現れた舞雷を見て、普通に可愛いじゃないかと皆思ったが、次の瞬間三成が平手打ちを食らったので、皆ぽかんと口を開いた。
「なッ…どうして叩く…」 「わざわざ私に逢いに来てくださった皆さんを追い出そうとしていやがるから。くだらない独占欲で」 「くだらなくなどない」 「今お茶を淹れますから、皆さんどうぞお座りくださいな」 「舞雷、くだらなくない」 「大谷さん、お茶菓子残ってましたっけ?」 「女中に言えば持ってくるであろ」 「舞雷」
叩かれた頬を押さえながら三成は舞雷に抗議しているが、舞雷の方はそんな三成を完全に無視し、客の接待に集中した。 どうぞどうぞ、と促されるままに腰を落とした三人は、にこにこ笑う舞雷を見て、先に夫に平手打ちをかました女と同一人物とは思えない…と驚いている。
「奥方、噂通り随分と夫を手なずけていると見える」 「お、おい毛利何を言ってんだ、失礼だろぉが!」 「いいんですいいんです。確かにそうですから。べたべたしてきて鬱陶しいので、つい冷たくなってしまうんですよー……」 「いつまで他の男と喋っているつもりだ?」
べたべた鬱陶しい、とやけにはっきり言われているにも関わらず、三成はそんなことは気にせず舞雷の袖を引っ張っている。 舞雷は空いた手で、絡んでくる三成の手をベシベシ払いながら、嫌な顔をした。
「三成お茶淹れて来て」 「なぜ私が」 「私が飲みたいから。四杯。大谷さんは?」 「我はいらぬ」 「じゃあ四杯でいいよ三成。三成も飲むなら五杯持ってくればいいし」 「お前が四杯飲むのか」 「長曾我部さん、猿飛さん、毛利さん、大谷さんはいらないから、あとは私で…四杯でしょ。私が四杯飲む」 「お前が飲むなら仕方ない」
え?と三人の脳裏で三成の判断力が疑われたが、もう三成は遠ざかって行く。
「…あれ本当に奥さんが飲むと思ったのかねぇ?」 「そこまで莫迦とは…」 「わかっておるが抗えぬのよ。嫉妬もするが、あのように言われてはまさに舞雷の言いなり。この嫁が可愛くて仕方ないそうだ、ヒヒッ」 「何か含みのある言い方ですね大谷さん…どうせ私は可愛くありませんよ」 「三成をあまり苛めてくれるな。茶など女中に出させればよいであろ」 「だって鬱陶しいんですよ…」 「「「…………」」」
あの凶王が嫁を娶った。娶った嫁をことの他愛でている。この噂が真実なら、見ていて面白いだろうと三人は期待していた。 けれど実際…凶王がことのほか噂通り過ぎて、来なければ良かったと思った。
「舞雷、淹れて来てやったぞ」 「どうも…あっ、何で私の前に四つ全部置く!」 「お前が四杯飲むと言った」 「飲むかそんなに!お客さんにひとつずつ置けよ!」 「私はお前の為に淹れてやったのだが」 「うん、じゃあお客さんにひとつずつ」 「舞雷」 「はいはいわかった、全部貰う。私が配ればいいんだろ。それなら黙るよね」 「この連中の為に淹れたのではない、お前が飲むというから私は・」 「うううぁああ面倒臭いなああ!」 「「「(帰りたい…)」」」
仲はよろしいの?
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