『貴方が私に望むのは、ただ人形のように傍にあること』

憐れむような感情をあの瞳に感じたことはない。今までに何度裏切りを畏れて舞雷を追究したか判らないが、その度に舞雷は私を安堵させるべく微笑んだものだ。

だが、あの言葉は何だ?

私における己の意義を決め付け、吐き捨てた舞雷の瞳は確かに憐れみなど含んでいなかった。いなかったが、今までに感じたことのない虚しさを思わせた。

「…舞雷、お前のあの言葉を聞いてから多くを考えた。が、私はお前に人形らしさなど望まない。本当にお前に人形らしさを望むというなら、何故、幾度と不安を煽るお前を傍においているというのだ?」

舞雷はそっと、読んでいた本を閉じた。

「いいんです。あの言葉に深い意味など。どうかお忘れに」

意味がないだと?
確かにあの時の舞雷の瞳は、虚しさと、そして悲しみを湛え、私を通り越して遠くを見ていた。

「何故はぐらかす?」

嗚呼、いつもこうだ。私は、どうしても舞雷に苛立ちを感じることを拒みきれない。愛おしさが消えることはないが、舞雷の挙動のひとつひとつ、そして今のように何かを隠す言動が、逐一癇に触る。
沸々と苛立ちが湧きあがり、舞雷をねめつける。舞雷はこの変化に慣れていて、か弱く笑う。

「…あの時、ただそう思ったのです。今になって詳細を口にするなんて、無理な話ですよ」

座ったままの舞雷に近寄り、その頬、柔らかな髪に触れれば愛おしさで胸が詰まる。だが触れてしまえばまた収まりがつかなくなる。
ぶつけようのない苛立ちをどうすればいい?目の前で己に精一杯微笑む女を、この拳、この牙で、傷つけると安堵する。痛みに呻く愛しい女の姿が何故、己の苛立ちを殺すのか。何故愛する女に憎しみを思うのか。

「その苛立ちは私が原因でしょう。私は何処へも行きません。貴方が畏れるから、こうして余暇を何度も読んだ本を読むだけに留め、貴方の腕も、言葉も、拳さえも、拒みはしません。それでも貴方は、私を持てあまして腹を立ててしまう。お互いを救う為に、考えましょう。どうしたら貴方は心から安堵して、私を信用し、穏やかでいられるか。もしもこの提案さえ貴方を苛立たせると言うのなら、私はただ、人形のように貴方の傍にありましょう」

舞雷のこの提案は本当に優しいものだった。冷静であればこう考えられるのだ、舞雷の尊厳は私の我儘で多くを失わされた。私の為に多くを棄てた舞雷の献身さは紛れもなく私への愛情だ。
だが私は謙虚にはなれなかった。お前の前に立つと、どうしても傲慢になってしまう。(赦してくれ)

黙ったまま髪を引いて上向かせた唇に接吻する。
そのまま下唇に歯を立てる。
痛みと苦しさに舞雷が呻く。
すぐに舞雷の血の味が広がり、瞼を強く閉じた。


唯愛している