「お疲れさまでした」
ようやく帰り支度をすませて店長に挨拶したのは、当初の予定より一時間程過ぎた頃だった。 仕方ないには仕方ないのだが、店長は帰りがけの私を捕まえてあれやこれやと要望を並べ、最近入った新しい子の様子がどうとか、誰の休みが多いから注意しろとか、とにかく長かった。
特定の人への注意は是非本人にしてやって欲しいものだが、皆うまいこと早々に恋人の迎えの車に乗って逃げるように帰ってしまう。 私にはそれがなかったのだが、この頃は違った。彼の仕事の都合もあるが、時間が合う時は迎えに来てくれるようになったのだ。
「ごめん、本当にごめんなさい!」 「謝るな。いいから乗れ」
そう、よりによって迎えに来てくれている日に店長に捕まるなんて。 一応捲し立てて来る店長の隙をついて「人を待たせているので…」とか「あいにく急いでいますので…」とやんわり断りを入れていたのだが、どうにも逃げることが出来なかった。 急に捕まってしまったので、当然遅れる旨を連絡することも出来ない。最悪三成は帰ってしまったかと思ったが、まだ待っていてくれた。
「他の連中は大分前にぞろぞろと帰って行ったが」 「うん…皆はね。私だけ店長に捕まっちゃって」 「そんなもの振り切って来い」 「そうもいかないよ…ちょっと前は出来たかもしれないけど、今は皆より立場が上だから」
明日には店長に言われたことを全部済ませなければいけない。 だが、休みがちな子に注意をすれば彼女はきっと文句を言うだろうし、新人の子の覚えの悪さを指摘すれば同じことになるだろう。かといって言ったふりをしていれば、何故改善されないのかと店長に叱られる。
「はぁ……」
つい明日のことを思って重い溜息をついてしまうと、車を発進させながら三成がこちらを一瞥した。
「大分疲れが溜まっているようだな、舞雷」 「……そう見える?」 「最近は笑顔が不自然だ」 「………」
それを感じさせないように笑ってきたつもりだったのに。 返す言葉をすぐに見つけられなかった私は、ただ三成の横顔を見た。彼はまっすぐ前を向いたまま、左手で私の頭をそっと撫でた。 気のきいた台詞のひとつもなかった。ただそれだけだったのに、私は無性にその手の平と黙ったままの横顔に救われた気がして、目頭が熱くなった。
十日越し-続
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