「三成よ、あれはまだいきり立っているばかりで、か弱く愚かな女よ。ぬしが失いたくないと言うなら、常に守ってやることだ」
「なんだと…?ふざけるな、私はあんな女になど構っている暇はない!案ずる必要があるというなら貴様がやれ刑部!」
「……やれやれ…こればかりは我に任せるべきではないと思うが…」
「死を覚悟して戦場に立つのだろう!私は一度止めてやった!」
「一度きり、それも『貴様が戦場をうろつくのは邪魔だ』とかいう制止では、なァ。あの手の女は むきになって、逆効果だろうに」
「どうでもいい!私は早々に斬り込む!あの女の鈍足に倣っていられるか!」
「…あいわかった、我もいろいろ多忙故、さほど目は届かぬだろうが一応気にしておこう。一応な」

あれとかあの女とか酷い言われ方だが、三成様と刑部様が話題の中心においていたのは他でもない私のことだ。
戦に参列することを考えはじめたのは家康さまが謀反してすぐのことだったが、決心がいるまでに時間がかかった。勿論命を失う覚悟は決めていなければならないからだ。だから、気持ちがどっちつかずの時に三成様が私に投げた言葉は非常に強い影響力があったのだ。それが彼なりの制止だったことは今ので判ったが、あの言い方では刑部様の見抜いている通り、私の性格には火に油だった。
命を失う怖さなどより見返してやると言う強い想いが勝った時、私は何の迷いも無く戦場に立つことを三成様に告げた。そして準備が整った今、この完璧な戦装束を見せつけてやろうと二人を探したのがいけなかった。何やら揉めている様子だったので身を隠して盗み聞きしていれば、まったく酷い連中じゃないか。

三成様はそのまま反対側から出て行った。間も無く兵らが集められて遠征に向かうことになる。
道中、圧勝であろうという少数の相手ではあるが数刻後にはちあう予定だ。それが私の初陣になるのだが、どうやら三成様からの加護は勿論激励の類は、無いものと思っていいようだ。

……いい加減、冷静に死ぬ覚悟を決めるべきかも知れない。

「馬子にも衣装と言うが、ぬしはまさにそのものよ。その装束はぬしには勿体ない」

むきになって身を投げ出した自身の浅はかさを想っていると、いつの間にか目の前に刑部様が現れ、いつもの憎まれ口を叩いた。

「それを脱ぎ捨てて身相応のぼろきれを纏え。さすれば三成も少しはましになる」
「三成様が、なんですって?」
「ぬしが着飾れば着飾る程、つまり強がれば強がる程、あれはへそを曲げるのよ」
「…………」
「ぬしのことなどどうでもよいと吐いてはいたが、いざぬしが戦場に立てばお守で手一杯」
「お、お守……」
「面倒、面倒よ。これ以上我に手を焼かせないで欲しいものだ」

あれだけ強く私のことなどどうでもいいと言っておきながら、いざ戦場となれば私のお守をすると言うの?
刑部様の言っていることがあまりにも不可解で、眉を寄せながら半ば睨んでいると、いつもの軽快な笑声と共に刑部様は私を通り越して背中越しに言うのだ。

「それとも実際あの背に守られねば、ぬしも気づかぬのか」
「…はぁ……?」

来る筈ないじゃないか。いくら鋭利な刃が私を裂こうと迫っていたとしても。視界の先で悲鳴を上げたって、様を見ろと嘲笑するくらいの筈だ。

………けれど実際目の前に刃が迫ると、それは火花を散らせて私に届くことはなかった。腰を抜かして地面に座り込む私と敵の真ん中で、刑部様の言い去った“あの背”が見える。
そして私は可能性に気づいてしまった。この気難しい、常に私などどうでもいいと侮蔑を吐くばかりの男の胸中、いくばくか私への愛情があることを。


刃と背の向こう