「それで、最近どうなんだい?無事名前を敬称なしに呼んでもらえているのかな?」 「は、半兵衛さま……」
気分もそぞろにトボトボ歩いていると、後ろから半兵衛さまに肩を叩かれた。 振り返ると、半兵衛さまは実に気分よさそうにニコニコしている。私と反対だ。
「それが……」 「まぁ、昨日三成くんが思いっきり舞雷さまって呼んでるの聞いたんだけどね」 「…うぅ……」 「ごめんごめん、でも、いつもの君らしくないよ。僕の知っている舞雷はいつでも明るくて、頑固者じゃないか。ちょっと三成くんが融通利かないくらいなんだい、一度秀吉から言われても直してくれないのなら、また命じてもらえばいいじゃないか」 「…お父さまの命令なら従ってくださると思ったのに。三成さま…やっぱり駄目なんです。どうしても、頑張って呼び捨てにしてくれるんですけど、大分間を開けてこっそり「様」つけちゃうんですよ!」 「え、こっそり?昨日思いっきり言ってたよね?」 「思いっきり9割、こっそり1割です!」 「あぁ………意外と多難だねぇ…」
でしょう、だから何度お父さまに「舞雷を呼び捨てにしてやれ」と命じられても、多分三成さまは変わらないと思う。よくて、割合がちょっと変わるくらいかな…。
「だから半兵衛さま…舞雷は、舞雷は決めました…!」 「え?」 「このままでは私、描いていた未来予想図が逆転してしまうんです!」 「うん?」 「亭主関白が好きなんです!」 「あ、そうなんだ」 「舞雷はМなんです!」 「………」
半兵衛さまは私の主張を聞いて、軽く頷きながらも反応に困っている様子だった。 私はお構いなく拳を振り上げた。
「お父さまが三成さまの尊敬の的なのがいけない!三成さまは何故かって言うと必ずお父さまの所為にするのだから!私のお父さまこそ馬の骨なら完全亭主関白のドSのまま舞雷を構ってくれる筈!!」 「え、秀吉…馬の骨?秀吉を馬の骨にするっていうのかい??」 「舞雷はお父さまに最後のお願いをしに行きます!」 「馬の骨になってくれって?それは駄目だよ舞雷!いくらなんでもいけない!むしろ逆効果だよ!!」 「違いますよ!舞雷は…舞雷は、お父さまに勘当してもらいます!!」 「………は!?」
さっきまでのご機嫌な笑顔を微塵も感じさせない慌てぶりで、半兵衛さまは私の両肩をガッと掴んだ。痛かった。
「正気なのかい!?いや、そんなことをしなくても、秀吉が命じるんじゃなく怒ってみたらいいんじゃないかい?強く一喝してもらえば三成くんだっていい加減君への態度を改めると思うよ!?」 「いいえ、やはり私が勘当されて馬の骨になればいいのです!」 「自分を貶めるのはやめたまえ!第一秀吉がそんなことを赦す筈が・」 「大丈夫!お父さまは舞雷に甘いですから!」 「甘いの方向性が違うよ!!」
何やら必死の様子の半兵衛さまの両腕を振り切り、私は駆け出した。 すぐ後ろから半兵衛さまが私を止めようと追ってくる。「さっきまで落ち込んでいたんじゃなかったのかい!?」と。
「お父さま――ッ!」 「な、なんだ我が娘よ」 「舞雷の最後の願いをどうかお聞きになって!」 「最後の願いだと?」 「だっ、だめだよ、秀吉…っ!」 「…そんなに息切れしてどうしたのだ半兵衛」 「お父さま!舞雷を…勘当してください!!」
間。
「ならぬ」 「えっ」 「っふふ、ほらみたまえ…!」
意外にも静かに一蹴されてしまった。
「な、何故ですお父さま!」 「お前がこう暴走するのは三成絡み。お前を持ち上げる三成が気に食わんのだろう」 「うっ」 「あれは気を使っているつもりなのだ。だが、舞雷には必要ないのだと強く言って聞かせておこう」 「………」 「逆に対等くらいに扱わないと不義だって言ってやればいいよ、秀吉」 「うむ」
私の決断と情熱は空回りだった。
三成さまには言っておくからと部屋を追い出され、ぽつんと縁側に座っていると。 先に半兵衛さまにされたように肩を叩かれた。
「あぁっ!み、三成さま・」 「舞雷!」 「……はい?」 「舞雷…これでいいかっ!これで、満足か!」 「!!!お、お父さま…!お父さま、ついに効きました!ついに三成さまが舞雷をちゃんと呼び捨てに!!幾分か吐き捨てるようではありますが!」 「いい、いくぞこれから散策に!私と!舞雷!」 「ど、どうしてそんなに一言一言が苦痛そうに喋るのですか!?」 「いいえそんなことはっ・うぁあ!」 「そんなに辛いのですか!?何故!?」
…まだ我々の愛は前途多難だ。
しあわせになろう-続
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