※悲恋系お題で書かせていただいた小説の続編です。前作は短編に移行、「奪う情愛」とタイトルを改めております。



「よもやそなたに裏切られようとは思わなかったな」
「いいえ、いいえ、決して元就様を裏切るようなことなど…っ!」
「ならば、我に密にして男と逢瀬を重ねるとは、裏切りと呼ばず何と呼ぶ」
「違うのです、あの人と会ったのは、元就様に嫁いでより一度目。決して、元就様がお思いのようには――」
「一度?そなたを娶って既に一年、その間会わずとも恋仲か。捉えさせたあの男が開口一番我に何と吐いたか知らぬのか?己の女を返せと、そう慟哭したのだぞ」
「………それは…」

元就様に嫁いでより、早に一年が過ぎた。
両親を人質に無理やり結ばされた関係ではあったが、この人の紛うことなき情愛にいつしか心が負けてしまった。
初めこそ両親や私たちへの報復を恐れてのことではあったが、当時思い合っていた意中の人を、結果的に自ずと裏切ってしまったことになる。……そう、元就様ではなく、彼の方を。

ずっと思い続けてくれていたことを知ったのは、つい先刻。数多の兵の目をくぐり抜け、庭の茂みから手招きする彼を見つけた時だった。
純粋に嬉しかったが、もう私は彼の誘うがまま逃げることは出来なかった。彼のことはまだ愛している。愛しているが、既に過去のことだ。私の心を情愛を持って負かせてみせた元就様のことの方が、深く愛している。それに、懐妊の兆しもあった。

「あの人は、元就様に嫁いだ時に恋仲だった人なのです。別れを告げることもせず、私が元就様に嫁いでしまったから…今になって会いに来たのです。まだ思いがあると、告げに…」

結局、渋る私を無理にでも攫おうと揉めていた所を兵に見つかり、彼はすぐに拿捕されてしまった。
元就様はすぐに男の元へ行き、私の処へ戻るや否や、私の頬を打ってこうして憤慨している。

「我しか知らぬと思っていた」
「…元就様…?」
「そなたは、我しか知らぬと。神々しいまでに純朴で、一目見ただけで心を攫われる眩さがあった。だから、我は…」
「…………」
「……よい。もう、よい。頭を上げよ」

表情にも、声にも、仕草にも現れていた苛立ちが消えた。元就様は総てを諦めたように静かな声で、ひれ伏したままの私に告げる。
これが“許し”であったらこの身の震えも止まるかも知れないけれど。そうではなく“放棄”に思えてならず、悲しくて涙が溢れた。

怖かったのだ。棄てられてしまうのが。

「そなたが望むのならば、あの男も両の親も解放する。その上で、己の身の置き場を決めよ。我の隣もよし、男の隣もよし。どちらをも棄てるもよし、だがどちらをも得るのはならぬ」

嗚呼、そんな――

「そなたが、己で決めるがいい」

私をあの人から奪った時は、酷く冷淡だったのに。有無を言わせず命を掌握して、この身を捉えた癖に。そしてその情愛に満ち満ちた目で、悲嘆する私の心をも捉えてみせた癖に。
貴方に今まで流されて来た私に、貴方を棄てろと言うの?

「そんな選択を私に任せないでください…!」
「………」
「貴方のお傍にいたいと言えば、今まで通り愛してくださるのですか?あの人の傍にいたいと言えば、この赤子ごとどうでもよいのですか?」
「…舞雷、我は・」
「私は、あの人に手を引かれた時から、貴方を選んでおりましたのに!」
「…………」

結局頭を上げることが出来なかった私は、真下にある畳に向かって熱い息を吐くばかりだった。
既に顔の付近の畳は涙で湿っている。

………あの時、愛しくて愛しくて身も張り裂けんばかりだった人のことを、どうしてか憎くさえ思えてきた。迎えに来てくれるのならば、私の心がまだ戦っている時が良かった。両親のことを考えれば頷けなかったかも知れない。けれど、ずっとその方が良かった。

元就様は何も言わず、静かに私に歩み寄る。接近を感じ取り身を強張らせた私にかぶさるように腕を回し、髪ごしに接吻し。

「我にはそなたしかいない。そなたが選べば両の親もあの男も、斬らずにいられようか…」
「…そうです、ずっと、貴方は私を縛っていてくれればいい。私にも、貴方しかいないのです。既にこの心は、貴方だけのものなのですから」


奪う情愛-続