ある日突然、なんの予兆もなく私は縮んだ。
当然はじめは夢だと思ったがすぐにそうでないと気づき、次に幻覚だと思ったが、手のひらサイズになってしまった私を見つけた三成が顔を顰めながら驚愕し、何度も瞬きしたり頭を叩き始めたりした頃、これが現実だと何となく理解した。
元来私はそうそう落ち込んだりしないので、色々と不安があるにはあるが、あまり深く考えないことにした。とりあえず目の前で猛烈に動揺している三成を宥め、今日は泊めてもらうことにする。二人とも一人暮らしなので、これには問題はない。
「飯はどうしたらいい……?」 「え、うーん…汁物はつらいかも。カップ麺じゃないもので」 「ないぞ」 「じゃあコンビニ弁当とか…?なんかお弁当についてるポテトサラダとか漬物で満腹になりそうなんだけど…」 「………何が食いたい」 「…たとえばサンドイッチと言ったらどうするつもりなの…?」 「……弁当を買ってくる」 「いってらっしゃい…」
ポジティブにいこうと思ったが、なんだか前途多難な気がするぞ。
未だ納得の言っていない様子の三成は一度立ち上がったが、テーブル上でうろうろしている私をもう一度覗き込んだ。
「放置するのは危険だろう」 「危険?」 「何か倒れたり、テーブルから落ちたらどうする。待っていろ、何か入れものを…」
どうやら三成は恋人を入れものにしまうつもりらしい。 すかさず抗議したが、声も幾分小さくなっているので、遠ざかってしまった三成の耳には届かない。仕方なく何を手にするやらと見守っていると、三成は棚やら押入れやら引っ掻き回すように探して、やっと小さめの箱を見つけたが、お気に召さなかった様子で投げ捨てた。
「いいよ、三成!大丈夫だって!!大人しくここに座ってるから!!」 「虫が出ても知らんぞ。てんとう虫でも相当グロテスクに見えると思うが」 「う゛ッ」
しばらく探していたが元々物持ちの悪い三成に都合の良い入れものは見つからず、一度投げ捨てた箱を渋々拾って隣に置いた。ここぞとばかりに声を張ると、やはり箱を投げ捨てて三成は私の意見を一蹴する。が、彼の言い放った言葉はかなりの説得力があった。もはや携帯電話をベッドにできるようなサイズの私、いつもはかわいらしく見えがちなてんとう虫も、ボールくらいありそうだ。でかい蛾やおきまりの黒いアレが出たら乗馬ならぬ乗虫状態。空や冷蔵庫の下を散策できるというもの。
「入れものというか私を守る何かをください。さっきの箱でもいいよ、もう!」 「あの箱は少し薄汚れて…ああ、あれでいいか…」
不安が残る言い方をしながら三成はまた離れて行った。向かったのはキッチンの方。まさか、コッ…
「コップ」
あたりだ。 もはや入れものよりタチが悪いような気がするのは私だけだろうか。
慌てて暴れてみるが、三成は素早くコップをかぶせた。かざりっけのない三成がおしゃれなコップを持っている筈もなく、何の模様もない透明なだけのコップに私は閉じ込められた。これが案外重く、叩いてもびくともしない。体当たりしようにも狭くて助走がつかず、もはや保護の入れものというよりただの拷問に近い。
「………哀れに見えてきた」 「そう思うなら出せー!!」
ガラスの壁を叩きまくると、三成はコップをどかした。
「あれ、あれ買ってきて!ドールハウスみたいなの!」 「出掛けられんだろうが」 「くっ…なんか思ったより大変だぞ、これは…!そうだ、連れて行ってくれればいいんだよ!潰さない程度に握っていって!」 「こ…断る…!」 「なんで!?」 「今のお前はただの人形にしか見えん…そんなものを持ち歩いていたら、」 「ああ…美少女フィギュアが大好きな男に見えるだろうね、小さめだけど」 「しまいには会話でもしてみろ、」 「フィギュアと喋っている危ない男に見えるね」 「断固拒否する!」 「……じゃあどうするのー…」
なんだか虫の恐怖が尋常じゃあないんだ。
ついていくのは名案に思えたけれど、まさかしがみついているのは無理だし、三成は鞄なんて持ち歩かないし…学校鞄はもう日も暮れてきたのにまた持ち出すのはちょっと…。
「あ。」
壁にぶち当たり二人で無言になっていると、良策は目の前にあった。
「なんだ舞雷」 「そこ!ポケットに入ってく!」 「…ここにか?」
三成の学校指定シャツ、左胸ポケット。 彼にとっては用途がなく、何かを入れているのをみたことがない。
「仕方ないか…」
顔を出さなければ誰にも見られる心配はないし、それなりに耳に近いので声も届く。落下の危険もない。
「じゃあ、さっそくドールハウス見に行こう」 「…何?いつまでそのサイズでいるつもりだ…?」 「いいじゃん、もとに戻ってもそれで遊ぶから。買ってよー」 「………」
とりあえず外に出ることは成功した。 恥だ恥だとなかなか動かなかったが、三成をおもちゃ売り場に行かせてドールハウスも買ってもらった。弁当もついていたポテトサラダで予想通り満腹になり、ドールハウスに虫対策でネットをかぶせ、おもちゃなベッドで眠った。
朝目覚めたら戻っているような気がしたけれど、まだ戻らなかった。 寝ていた三成のほっぺたをドールハウスについていた家具のおもちゃで殴ると目を覚まし、また同じように驚愕して、現実から目をそらすように寝返りを打って私を無視した。
「三成、ほら、学校いこう!学校!」 「…行くつもりなのか、馬鹿が…」
リトルミー
|