恐らく精神的な負荷の所為で、三成のこめかみ辺りに強烈な痛みが走った。
痛みのみならず、頭痛を覚える程に溜めこんだストレス自体に嫌気がさして、三成はたまらず頭を抱えて目を閉じた。はじめの一撃程ではないが、まだズキズキと軽い痛みが走っている。

目を閉じていれば少しは楽だった。だが、いつまでもこうして目をそらしているわけにはいかない。何せ、相手は行動の一切読めない、かといって放置も許されない相手なのだ。

『はい、レッスン1。哺乳瓶でミルクを与えましょう。その間私はお風呂に入るので邪魔しないでね』

数分前に聞いた嫁のセリフがやけに鮮明に頭に浮かぶ。

「(舞雷は不安ではないのか…?いや、そもそも私に任せる方がどうかしている…慣れているならまだしもだ)」

かすかに耳に届くシャワー音が物語る通り、舞雷は確かに哺乳瓶を三成に押し付けて風呂に入っていた。

当然育児に関して疎い三成が、こんなことを唐突に任されても混乱するだけである。しかし、抗議しようとセリフを選んでいる間に舞雷はとっとと浴室の方へ消えてしまう。
諦めて振り返ればカーペットの上に転がっている我が子が、物欲しそうに自分へ向かって手を泳がせている光景。ひとまず、いつも嫁がしているように抱き上げて哺乳瓶の乳首を向けるも、存外強い力で赤ん坊はそれを叩き返す。落ちそうになった哺乳瓶を慌てて持ち直したところで、父の腕の中から子は飛び出すように逃げてしまった。

酷い頭痛で弱気になったが、かといって長風呂の舞雷を待つわけにもいかない。それにたった一度の失敗だと、三成は仕方なく瞼を開けた。元来気まぐれの赤ん坊だから、さっきの拒否が二度目も来るとは限らないのだ。

「……ん?」

次こそは大人しく飲んでくれ、と切実に願いながら見つめる先には、ただのカーペットしか目に入らない。
確かにそこに降りた筈、と少し視線を動かすが、リビングに広がった薄毛のカーペット上には、やけに柔らかい子供用のぬいぐるみが一体うつぶせで寝ているだけだ。

「(……ふざけるなよ…)」

哺乳瓶を片手に三成は固まった。
どんなに安全な室内でも、小さな子供目線では危険なものが溢れ返っているのだ。万一怪我でもさせてしまっては、風呂上りで気分が良い筈の舞雷が火を噴く勢いで怒鳴ってくるのは目に見えている。それに父親としての面子もない。

慌てて辺りを探すがすぐに目につく場所にはおらず、次にテーブルの下や家具の隙間を探しはじめた。すると、ちょうど椅子を引いてテーブルの下を覗き込んでいた三成の死角から、最近覚えたハイハイで我が子が現れる。
いつもより目の位置が近くなった父親に気づき、宝石のように輝く瞳が、三成の鋭く細められた(必死)双眸を見つめ。

「あ〜」
「……なんだ?!」

嬉しそうに声を上げたが、進行方向は真逆。見失ってなるものかと慌てた三成が椅子を倒しながら追いかけるが、猫のように逃げてしまう。
さっきのテーブル下に潜り込んだところで疲れたのか動かなくなったので、ここにきてようやく、三成はもう一度ミルクを与える姿勢になることに成功した。

「今度こそ飲めよ…私は疲れた……」

なぜか酷く困憊してしまった三成だったが、今度はうまく成功した。動き回って腹が減ったのか、すんなり小さな口が哺乳瓶の乳首をとらえ、勢いよく飲み始めた。


うごきまわる