単身毛利を訪ねて行った大谷は、毛利より先に顔を出した舞雷という女に客間へ案内されてから、少しばかりの違和感を覚えていた。
聞けば、女は近日毛利元就の元へ嫁に来たのだという。妻というなら、当主を無視して自分をもてなしている十分な理由になったが、大谷が用を済ませたい相手はまだ顔を見せていない当主である。

「…実は密な話がある故、早急に毛利を呼んでいただけると有難い」
「ああ、大丈夫ですよ。お会いしたとき傍にいた兵に伝えましたから。そろそろ見えるでしょう」

さようか、と返事をして大谷が黙ると、舞雷はただ愛想良くその場にちょこんと座っている。
妙な居心地の悪さにさすがの大谷もやきもきし、切に毛利が顔を出すのを祈っていた。

「待たせたか、大谷」
「!」

やがて舞雷の迅速な行動にしては亀足で毛利が顔を出した。
……手に茶の乗った盆を持って。

これには驚きを隠せず大谷が目を開く。
舞雷は不愛想に茶を机に叩きつけるように置いた夫の遅刻に腹を立てているのか、さっきまでの愛想の良さはどこへやら。不機嫌そうに眉を寄せ、ぱっと立ち上がり、今まさに座ろうとしていた夫に詰め寄った。

「お客さんを待たせるなんて!それも同盟国の偉い人じゃないの!」
「い、いや、奥方…」

確かに待たされはした。言い分は正しいのだが、相手はあの毛利だ。大谷は奥方の言動に大いに焦った。いくら妻とてこれはまずいだろうと宥めにかかるが、すさまじい剣幕で客のことなど目に入っていない。

毛利は珍しく体制を崩して転びかけ、なんとか持ち直して立ち上がる。そして静かに舞雷を見つめ、その双眸を細めると、すっと片手をあげた。

彼女が叩かれる―――と大谷は思った。

「すまぬ。我が悪かった」
「…うん、次から気を付けてね」
「……何…?」
「それより見よ、先の湯飲みが熱くて手が赤くなってしまった」
「そんなの大丈夫でしょ。お茶ちゃんと淹れられた?不味くない?」
「大谷に出す茶など不味くともよいわ。そんなことより痛うて敵わぬ…」
「ああもう…薬塗る?」
「そなたが舐めれば治るぞ」
「嫌」
「…ならば、もう知らぬ。手が痛いからな。大谷、出直せ」
「ちょ、そんな失礼なこと許さないから!」
「舞雷が舌で舐めれば治るが、嫌というからな。よいな大谷」
「……混乱して我にはなんとも。手はともかく、ぬしは正気でないようだ」
「何?我のどこが正気でないと申すのだ」
「………」
「いいから座って話しなよ!」

毛利は平手打ちどころか手のひらを見せて甘え、拒絶されると会合ごと無かったことにしようとしている。
たった数日会わなかっただけで人はこうも変わるものなのか?と大谷は毛利を見つめるが、本人に“変だ”という自覚はないらしい。

「大谷さん、いいですからね!予定通りお話を進めてください!私は席を外しますから!」
「なんだと!手は治っていないし、そなたがここにいなければ一言も口をきかんぞ!」
「密な話だって大谷さんがおっしゃってたもの!あと、手はなんともない!」
「ふん、ならばどこへなりとも行くがよい。これで大谷が無視を決め込む我に愛想を尽かせば、そなたの責だからな。知らぬぞ」
「く…!わかった、わかったから!でも、手は大谷さんが満足して帰ったらね!あと話の件は、耳栓持ってくるからちょっと待ってて!」
「………焦らすではないか」
「気持ち悪い言い方するな!」
「…毛利よ、我はやはり出直すとしよう」

舞雷は同席するために耳栓を取りに走って行ったが、肝心の大谷がもう耐えられなくなったのだ。

「今更、何故だ?」
「……いや…ぬしの意外すぎる一面を見れた故…か?」
「………?」

聊か気持ちが悪くなったなどと言える筈もない。


惚れた腫れた