「ッ……?」

何が起こった?

ついさっき、目の前で家康がらしくもなく転んだ。変な姿勢で空を見ながら歩いていた所為で、足元の石ころに躓いたのだ。
彼は頑丈だ。たかが転んだくらいで心配する必要はなかったけれど、反射的に「あっ」と駆け寄ろうとした途端、目の前に壁が現れて私は鼻をぶつけた。
腹の辺りに陣羽織の裾がひらひら…嗚呼。

「家康ぅうぅぅ!姉上に近づくなぁあ!」
「み、三成!?どこから湧いて出たんだ…?ワシ、転んだだけだぞ?」
「黙れ!貴様に弁明の余地などない!今此処で首と胴を断ってくれる!!」
「舞雷何とか言ってくれ!」
「…はぁ……。三成、ねぇ」
「姉上は下がっていろ。こいつの血がかかったら穢れてしまう」
「誰のこと言ってるの?そこにあるのは大きな石。黄色い染みができてる石だよ」
「……ん…?、ああ、そうだな。姉上には家康如き石と同義か」
「…無性に悲しいが、命が助かったんだ…感謝しておこう……」

突如現れた壁、もとい弟の三成は、こういう発作を頻繁に起こす。その度に冤罪で無実の人を刀の錆びにしようとするので、いい加減あしらい方を覚えたのだ。
この発作が起きたら、可哀想だが標的を石ころや雑草に例えることにしている。そうすると不思議なもので、三成は機嫌を反転させてご機嫌になり、刀も大人しくしまうのだ。

「三成、私が人に近づく度に目の前に出て来るの辞めてくれない?」
「人?さっきのは石に見えたんだろう?」
「まぁはいはい、そうです、はい」
「……私は姉上を大切に思っている。だから悪い虫から守ろうとしているんだ」
「それが判ってるから強く言わなかったんだけど、下心もない人がいきなり殺気向けられたら可哀想でしょ。更に私が石とか草とか例えたら、もっと可哀想でしょ」
「…………」
「姉さん嫁に行けないよ、それじゃ。そろそろ貰い手を見つけないと余ってしまうよ」
「余れ」
「なんだと!」

弟よ、お前は姉が売れ残ってもいいというのか。

軽い口調で言ってはみたものの、確かに問題にはなってきたのだ。私も大人の女性ですから、そろそろ嫁入り先を見つけなければ。だというのに、あんな過剰な防衛をされては誰も近づけやしない。
同時に、三成の嫁も見つからないのだ。

「姉弟揃って売れ残るのはまずいでしょ!私を嫁がせたくないなら、三成が嫁を・」
「断る!!」
「……何、もしかして男色…だったりするの…?」
「なっ?!」
「いいんだよ三成、姉さんには隠さなくたって!!」
「ち、違う!!」
「そうなの?じゃあまずその獰猛な性格を直そうね。人間なのに犬みたいに牙剥くんだから」
「私は……姉上を嫁にもらう…」
「え?何?駄目だよ乱暴な男は。三成は短気だし、依存的だし、愛想も悪いし。そのままじゃ嫁が来ないよ」
「だから姉上が来ればいいんだ」
「……三成、それが本気だったら姉さん本気で困る」
「…本気だが……」
「………」

そうだ、この弟は嘘も冗談も言わない。
だとしたらどうしよう。正しい道に導こうにも良案が浮かびやしない。かといって「いいよ」なんて口が裂けても言えないし……、とりあえず拒まなければ。

「私は姉上だけが好きだ…」
「……ぐっ…」

しかしどうだ、この子犬のような目は。


どうする?