「はい、追加のお酒。早く持って行ってね」
「わかりました…!」

差し出された盆を素直に受け取りながら、しかしいい加減、この盆を差し出した女中頭への苛立ちも爆発寸前というところだった。
というのも、気の弱い私が今のように断れないでいる間いつのまにか三成様付きにされ、更には正式な決定ではないものの舞雷様のことも任されている今…、私は女中たちの中で確実に一番大変なのだ。だから、その上来訪している西軍の将たちの酌だなんて、まさに「どうして私が!」なのである。

しかし結局断れず文句も言えず。
そろそろ酣…というか完全に宴席の勢いは衰え、追加の酒を所望するのは長曾我部軍の大将だけだ。
すっと酒臭い部屋に入り、酔いで余計にガラが悪くなっている長曾我部様に酒を渡すと、私はさっさと退室してしまおうとした。そもそもとっくに三成様も舞雷様も、席を抜けているのだから。

「待ちなさい!」
「うわっ!?え、何?」
「あんた一人で抜け出す気?!」

酒が追加されて上機嫌の長曾我部様は、隣でご飯を勢いよく掻きこんでいる真田様に絡んだ。猿飛様はその二人の間に入っているし、毛利様は静かに茶を啜っている。他の皆さんは退室しているし、これは無事に抜け出せると思いきや、はじめから酌に回っていた女中が私を捕まえた。

「あ、いや…だって私、まだ三成様と舞雷様の寝所の用意してないし。既に手遅れかもしれないけど、いかないわけには…」
「手遅れでしょ!三成様たちが出て行ったの大分前なんだから!」

確かにこれはまずい。だから嫌だって思ったんだ、女中頭め。

「そうだけど、とりあえず様子を見にいって、もしまだ寝ていなければすぐに用意しないと。寝ていればそれでいいし」
「寝ていたとして、戻ってくるの?」
「………」

確かに彼女が必死になるのもわかる。今晩の客は身分も相当、更にこの空気がまずい。もう少し人数が多く、三成様や大谷様がいる時なら良かった。それが客は現在4名、妙な静けさもあるし終わりが見えない。

「部屋に案内しちゃえばいいんじゃない?とにかく、私は三成様と舞雷様の寝所に行くから!」
「もう!」

……と、半ば叫んでしまったのがいけなかった。私の腕を掴んでいた女中は諦めてくれたが、この場一番の酔っ払いが、妙な考えを起こしてしまうことになるとは。




「…やっぱり辞めませんか?こんなことが知れたら斬り殺されるのは明白ですよ…」
「まぁまぁ、いいじゃねぇの。俺が言い出したことだしよぅ、アンタにゃ罪はねぇ。それに、ただ石田の寝顔拝みに来ただけじゃねぇか」

そう、私が三成様の寝所に行くと聞いた瞬間、長曾我部様が変な気を起こした。寝顔を見についてくると言い、本気で困ったが拒みきれず、もう私室手前というところまで来てしまっている。

「確かに三成様の寝顔は珍しいと思いますよ…しかしですね…」
「それにだ、万一あの可愛い奥さんと枕揃えて寝てたとしたら、これほど傑作な話はねぇよ。宴会じゃあ夫婦か?ってくれぇ冷めてたし」
「…三成様は舞雷様を大事にしてらっしゃいますよ…」
「なら一度この目におさめねぇとな」
「うん、面白そうー。あの二人が仲良いのはこの前見たけど」
「某…」
「あ、大将は強制送還。はいあっち行って」
「むぅ…」

流されてついてきた真田様は、猿飛様の鶴の一声でとぼとぼと帰って行った。
これで一人減ってくれたが、まだ3人いる。長曾我部様(絶対帰らない)、猿飛様(絶対帰らない)、……毛利様(なんでいるの?!)。

「じゃ、開けるぜ」
「あわわ…!や、やめてください、やっぱり駄目ですってば…!」
「大丈夫だって。もし石田の旦那が怒ってもこの人が責任被るからさ」
「おうよ!」
「おうよじゃないですよ…!ああ、毛利様止めてください!」
「早く戸を開けよ長曾我部。あの凶王が女に骨抜きにされている絵…実に楽しみよ」

毛利様が(絶対帰らない)に進化してしまった。どうやら顔には出ていないが酔っているらしい。

私なりに止めようと頑張った。頑張ったが、もう駄目だ。
毛利様に急かされて、長曾我部様は戸を開け放ち、酔った三人組はぞろぞろと室内に侵入した。
慌てて背中を追うが寝所は目と鼻の先、明かりもないのでお二人はきっと就寝されていることだろう。ああ、やばい…いや、寝ていれば大丈夫か?気づかれなければ怒られないわけで…………ん?

「…おい、この向こうだろ?」
「は、はい…」
「……大将追い払ってよかった」
「寝顔どころじゃねぇぞ、おい…」
「枕を並べるどころでないか」

幻聴かと思ったが、どうやら皆の耳に届いているようだ。
薄い襖の向こうから聞こえてくる舞雷様の甘い声と、何かを叩くような音。

……別に不思議なことじゃない。ごく普通だ。夫婦なんだから。うん。顔が熱くなってきた。うん。

「さすがにこれは引き返した方がいいんじゃない?」
「やることはやってんだなァ、石田も。部屋帰って寝るか…」
「……いや、此処まで来たのだ。しかと見届けてやるわ」
「!?え゛、毛利様!?」

よし、穏便に済みそうだぞ……というところで、まさかの伏兵。
どうやら思ったより相当酔っているらしく、毛利様は空気を読まず、3人の制止も聞かず、襖をこれでもかという具合にスパーン!と開け放ったのだ。

「ひわぁああ!!」
「っ貴様ら…!!」
「ふん、確かに交わっているな」
「何言ってんだ莫迦野郎!!」
「俺様知らないからね!」
「わ……!」

私だって知りませんよ!!


それは宴も黙した頃