「我が此処にいるのは稲荷寿司の恨みぞ」 「は?」
学校の行事で遠足的なことをした日だった。 授業というには足りない気がしたが、大いに羽を伸ばせる行事で、生徒の殆どが楽しんでいたように思う。勿論私も友人らとピクニック気分で心底楽しかった。 そして気持ち良く帰宅し、部屋の扉を開けると…、ベッドの上に不法侵入者が座っていたのだ。
持っていたカバンを落とし、悲鳴を上げようとした瞬間、それは瞬時に距離を詰めて私の口を塞いでいた。殺されるかやらしいことをされるのだろうか、両親今いないぞ!と混乱している視界にちらつくフサフサ。爪が長い。疑問を感じた後、言われたのが冒頭の台詞。同時に口を解放されたので、間抜けな声が飛び出した。
「そなた、稲荷寿司をいらぬと言ったな」 「……え…アレ?確かに…」
言った。確かに「いらない」と。 持参した弁当をレジャーシートの上で食べている時だった。明智先生が大きな弁当箱に詰めてきた稲荷寿司を、怪しげな笑声と共に配って回っていたのだ。それが私たちの所に来ると、友人の数名はそれを受け取ったが…、私は何か妖しいので遠慮した。そのこと以外に稲荷寿司がどうという記憶はない。
「え…明智先生?」 「誰が明智ぞ」 「痛っ!」
いや、そのことを責めるというなら、目の前にいる妙に顔の整ったフサフサつきの男の正体は、明智先生でないと意味がわからない。あの人は変人だから、この至近距離で見てもリアルな仮装をしても不思議でないと判断し、言ってみたが…違うらしい。ぺちんと頭を叩かれた。
「稲荷寿司を冒涜するということは、我を冒涜したも同じこと」 「何この人…新手の変態かな…」 「我は変態ではない。狐ぞ。稲荷寿司をこよなく愛する妖狐よ」 「………」
私は己の頬を思い切りビンタした。
「…?!」 「痛ったいな、チクショー!」
夢なら覚めろという意味でビンタしたのだが、そういえばさっき叩かれて痛かったのを思い出した。阿呆か、私は。
「百歩…いや、ン千歩譲ってアナタが妖怪だとしよう!あの時稲荷寿司いらないって断ったの私だけじゃないよ!大体妖しいでしょ、明智先生絡みは!!」 「そなたが偶然目についたのだ」 「私稲荷寿司大好きだよ、本来!揚げ的なものも全部好きだよ!」 「ほう。気が合うな。よし、そなたに憑依するとしよう」 「なんでそうなるんだよ!!」
全力でつっこんだが、相手はボケてるわけではなかった。つまり無意味だった。 テレビ番組的なドッキリなんだこれは!と思ったが、私はテレビが標的に選ぶような人間でないことに気づいてうんざりする。違うなら何だ!何なんだ!これ本当に妖怪なのか!と自棄になりながら脳内で叫び続け、男を深く観察してみると…ああ、作り物にしてはリアルな動きをするお耳とお尻尾が………ああああ!!!なんか絡みついてきたうあああ!!
「ぎゃあああ!!」 「…なんと色気のない女よ…」 「憑依するって!?」 「案ずるでない、我が守護霊になってやろうと言うのだ」 「い、いらねー!呪われる!毛深くなりそう!」 「…そなたに出る影響は…そうだな…稲荷寿司が大好きで油揚げも大好きになるくらいよ。今と変わらぬであろう?」 「変わるわ!実際そんなに好きじゃない!」 「ほう、我を謀ったか。面白い…気に入ったぞ」 「なんでだー!それに私ファー的なものも好きじゃない!腰に巻いてる毛をどけろ!」 「尻尾ぞ。我の毛並みを舐めるでない」 「毛並みの話なんかしてないでしょ!ちょ…!近い、近い!顔が近い!」 「うるさい女よ…」 「んぅっ」
何故か、体に巻き付いてきた尻尾の所為で逃げだせない私に更に接近する妖怪。そして喚き散らす私の口を塞ぐようにキスしてきた。や、やめろ、私は純粋なんだぞ!とまた脳内で叫んだが、妖怪でも心を読むことは出来ないようだ。
「な、なんのマネ!?」 「これで憑依した」 「キスで!?」 「もう我はそなたの傍を離れぬ。そなたは我のものぞ」 「……」 「稲荷寿司と日向ぼっこをこよなく愛する嫁になった」 「ん?!」
何か言ってることがいちいち違うなぁ…。
おきつねさま!
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