最早常連と云うにも過ぎる程に、この男の顔を見る気がする。

この日一番に現れた国主、毛利元就は真っ先に私の手を引いて室入りした。遊郭でのあらかたの手順など彼の前では無に等しく、しかし誰が上客以上のこの男を拒むというのか。聞けば毎度しっかりと私の値段を払って帰って行くそうで、廓は国主の出入りを待ち構えているありさまだった。

「芸も酒もいらぬ。早に閨房へ案内致せ」
「はい、こちらに」

部屋の勝手も彼は知っている。しかし、たかだか襖一枚向こうの閨に行くのに必ずこう言った。私もこれに必ず手を添えて、同じように返した。
時間をかけて着飾った全てが、閨へ入った瞬間から崩れ始める。彼の手がするすると着物の帯を解いて行くのを決して妨害せず、飾った爪が肌を掻かぬよう気遣いながら、こちらも着物を剥いでゆく。
肌と肌の熱が伝わるようになると、元就様は決まって一度だけ接吻した。

「…元就様、お聞きしたいことがございます」
「申してみよ」

帰り支度が済んで退室せんとしていた元就様の背に意を決して声をかけた。
というのも、ずっと疑問だったのだ。もう数えるのさえ困難になる程彼は私を抱きに来たし、それが止む様子もない。単に遊女を気に入ったというには可愛がられすぎている。かといって愛情や温情をいただけているのかと言うと、それを判断するのは酷く難しかった。いつも彼の表情や態度からそれを読み取ろうと努力するが、一度として笑ってくれたこともない。他愛ない話のひとつも交わしたことはなかった。
三日目程のところから酌さえいらぬと言われ、ただ情事が終われば黙って帰るだけ。普通の客より冷たい態度だ。しかし無頓着ならこの頻度の説明がつかなかった。

「元就様は私を…気に入ってくださっているのですか?だから連日来てくださっている?」
「気に入らぬ女など、金を払って抱く筈も無い」
「…ええ、ごもっともですけれど…。私がお聞きしたいのは、嗚呼、なんと言えば……」

私を愛しているのですか?……などと真っ向から聞く勇気などない。引き止めたことを酷く後悔した。
元就様は押し黙る私をいつもの感情の読めない双眸で見つめている。

「…常連の方と比べても、比べ切れぬ程来てくださるので…。国主の貴方が、どうしてかと」
「……なるほど、聞きたいことは大方察した」

黙り続けている訳にはいかなかった。いくらか核心に近づけて訊ねれば、立ち上がっていた元就様は私の横に腰を落とした。次に彼が口を開くまでのこの僅かな時間が妙に恐ろしかった。自惚れるなと言われてしまえば、いくらか傷つくと判っていたからだ。

……嗚呼、つまり私の方が、愚かにもこの人を。

自覚した瞬間、まだ彼が口を開いていないにも関わらず、心臓が痛んだ。否定の言葉の断片でも聞いてしまえば、私は生きていけなくなる。怖くて怖くて仕方無くて、そっと伸びて来る腕を振り払って叫んだ。

「忘れてください!」
「…誤るでない、我は…」
「嗚呼、どうかお忘れに!貴方が望む時にいらしてくれればいい!私はいつでも貴方に買われます!」
「……舞雷」
「どうか、今まで通りに…!」
「…それでよいのか?我はそなたが少なからず愛おしい。これを聞かずしてよいと云うなら、そなたが引き止めたことも、我が今告げたことも、忘れてやるが」

嗚呼、きっとこれは幻聴だ。

「っ、だって、だって…貴方はいつも、」
「立場上、軽々しく遊女を娶れぬ。決めかねておったのよ。…だが、いずれにせよ我のものにするつもりであった」

嗚呼、これを僥倖と言わずなんと。

「…そなた、我を想うてか」
「…はい……!」
「すぐに妻に出来ずとも、手を引かれたいと申すか」

身分違いなど既知のことだ。
まだこの僥倖を幻聴や幻覚だと疑いながら、私は震える手を彼に伸ばした。手は震えを抑え込むように握られて、涙でかすむ視界の中、あの冷たい表情が少しだけ柔らかく溶けていたのを、確かに見とめた。


華憐