「正直、ぬしがそこまで入れ込むとは思わなんだ」
刑部は喉の奥で笑いながら冷やかすように言ってくる。
身請けを決めた遊女、舞雷を妙に気に入って抱いたが最後、元々は遊郭に繰り出すのも渋った筈が、刑部の言うことも尤もという結果になった。
「ありがとうございます、三成様……」 「気にするな。私が勝手にしたことだ」
幼い時分に売られたという舞雷は、水揚げから客をとる迄に私の元へ来たことになる。 禿時代から見てきた遊女の仕事を彼女は必ずしも快く思っていなかったのだろう。廓を出る頃には、ぽろぽろと透明で美しい涙を零し、何度も私に頭を下げた。
「三成よ、ぬしが勝手に花魁へ大金を撒いたおかげで、此度雑賀に払う契約金が足りぬ」 「何だと…?確かに大金ではあったが、豊臣がそこまで貧しいとでも言うのか」 「いや、あるにはあるが計算外の金よ。予定していなかったことにつぎ込むには、雑賀を買うのは安くない。かといって他から取り崩すのは賢くなかろ」 「まだ雑賀を雇っているべきと思うのか」 「予定された戦はないが、雇っていれば万一に役立つ。しかしその娘を選んだのはぬしだ」 「………私にどうしろと?」 「雑賀と交渉するか、今回のことを反省すれば帳簿くらい合わせておくが」 「はじめからどうとでもなる問題なのだな?」 「……まぁ、そうとも言えるなァ」
刑部のからかいに付き合っている暇はない。ようやく私のものになった舞雷と過ごしたいのだ。
「私が悪かった。これでいいのか。後のことは任せたぞ」 「事後処理は我任せか。日常、日常。しかし呆れたものよ、精々その女に溺れて腑抜けにはならぬよう」 「侮辱するな」 「わかった、わかった」
ようやく刑部と別れると、奴の吐きだした台詞の影響で肩身狭く俯いていた舞雷が、ふと立ち止まった。
「舞雷、何だ?」 「…あの……」
…嗚呼、刑部め。
「申し訳ありません、私を身請けしていただいたお金は必ずお返ししますから…」 「…どう稼ぐつもりだ?まさか、私のものになってから客をとるなどとは言わせんぞ」 「…でも…」 「私が勝手にしたことだと言っただろう。私はお前が欲しかったから、金を払った。そしてお前を手に入れた。気に病む必要がどこにある?」 「……」 「…刑部の言ったことは忘れろ。奴は私をからかっただけだ」 「…はい……」
舞雷の目に溜まっていた涙に悲しみが混じってしまった。しかしもう安堵を見せて微笑んだから、きっと彼女の心は大丈夫だろう。 濡れた目元と頬に指先をあてると、それは柔らかくて温かかった。まだ部屋に辿り着いていない。腰を落ち着けてもいなかったが、我慢ならなくなって身を屈めた。 ふくよかな唇に接吻する。涙を舌先で舐め、耳元に告げた。
「次は娶ってやる」
途端、じわりと舞雷の瞳に涙がこみ上げた。
お前は泣いてばかりだ。
花涙
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