「どうしたらいいんだ刑部」
「なに、案ずることはない。とかく舞雷はぬしと同じでウブな娘よ、気張らず、優しくすればよかろ」
「気張らず優しくだと…」
「早に行かねば遅刻するぞ、待ち合わせまで五分とない」
「何!!」
「走れ、走れ」

よくも悠長な、と三成は思ったが、急き立てる大谷を睨んだだけに留めて待ち合わせ場所まで走っていった。

「(…後に来たのは三成、か)」

大谷は見送るフリをしたものの、さりげなく後をつけた。
三成は全力で走ったが、待ち合わせ時間のいくらか前に到着していた舞雷を結果的には待たせてしまう。此処で「待たせてすまない」の一言くらい言ってやれば、舞雷の心証は良いというものだが。

「…待ったか」
「ううん、そんなことないよ」
「そうか」
「(…確かに待ち合わせ時間にすれば間に合ってはいるのだが…)」

相手がどう思うかを計算して言葉を選ぶなんてことは、三成には無理だ。

しかし問題なく歩き始めた二人は、適当に店などを廻って穏やかに談笑しているように見えた。
これはうまくことが進んでいると大谷は二人を見守っていたのだが、やがて近くに立ち寄れる店などがなくなると、二人は急に所在無さげに黙りこんでしまった。どうやら行くあてもなくただ歩いているだけらしい。

これはまずいと大谷は考えた。舞雷は大人しいしウブで恥かしがりやの娘だったが、初デートであまり退屈させては三成との仲が危ない。
かといって放っておいては三成も気のきいたセリフのひとつも言えない男だ。二人の仲を深める為にはどうしても自分の力が必要だ、と大谷は使命感に燃えていた。

「で、なんで小生を連れ出した!?」
「見やれ、あの焦れたアベックを」
「アベックとか今あんま言わねぇぞ!……三成と…あの子可愛いな」
「三成は馬鹿正直の癖に口を開けばキライだのどうでもいいだの、舞雷にしたら嬉しくもない言葉しか言えぬ」
「だからなんだ」
「舞雷が惚れ直すようなシチュエーションが必要よ。つまり…暗よ、これを被り、舞雷を襲え」
「おいおいおいおいおい、まさかベタなアレをやれってのかァ?!」
「ぬしはチンピラ。舞雷を襲って、三成にやられろ」
「やっぱりかァァ!」

強引に連れてこられた黒田は、いきなり自分に課せられた役割に心から異議を申し立てた。しかし大谷がどうして彼の言い分をきくだろうか。
三成と認識のある黒田の正体を隠すためにと渡されたのは、チンピラというよりこれでは強盗…なマスクである。

「行け」
「……覚えてろよ刑部…」

しかし色々弱みを握られている黒田は、逆らいきれずにマスクを被った。

「お、おう!可愛い嬢ちゃん!」
「!!」
「なっ、なんですか!?」
「そんな男といてもつまんねーだろ!小せっ・俺とデートしッブゴァア!」

自棄になりながら二人の前に躍り出た黒田は、一瞬の後に吹き飛んだ。勿論三成が舞雷を守るためにしたのである。
自分の傍らを凄いスピードで飛んでいき、壁に激突した黒田の方は一瞥もせず、大谷は「これで舞雷も惚れ直す」と頷く。

「大丈夫か、舞雷…あの害虫に触れられていないな…?」
「う、うん…」
「…?怪我でもしたのか?」
「ち、違うよ!」
「(……はて…?)」

大谷の予想では、半泣きになった舞雷が恥も忘れて三成に抱きつき、つんけんするのを忘れた三成が彼女を抱き返す…となる筈だった。しかし目の前の二人、というか舞雷が予想と逆の動きをしている。むしろ三成はつんけんするのをやや忘れ、本気で舞雷を心配している様子なのだが…。

肝心の舞雷が、後ずさっている。

「……どうしたんだ…?」
「あ、アハハ……」
「………」
「み、三成くんて…」
「…?」
「……怖いんだね…顔と同じで…」
「…………」
「(…まさか…逆効果…?)」

沈黙。そして刑部の肌を伝う冷や汗。
あろうことか舞雷は、突如現れた変態を撃退した三成を、格好いい!とか、頼れる!とは解釈しなかったらしい。寧ろこの人怖いと思わせてしまったのである。

「(笑え…三成、笑え!!)」
「…………」
「(優しく笑うのだ!!)」

刑部は熱心に念じたが、三成が端から優しく笑えるなら、こうして見守る問題もないのである。それに今優しく笑うことが出来ても今更だ。

「あ…私…用事思い出しちゃった…」
「……舞雷、その…今のはお前が危ないかと…」
「ん、うん…ありがと…だけどあの人あんな遠くに飛んでって…」
「………ん?刑…」
「え?!」

あんなに遠くに、と舞雷が指差した先をぼんやり見つめれば、三成は壁の陰からそっと此方を見守っている刑部を見つけてしまった。

「っ、いや………、舞雷、私が悪かった、怖がらせた」
「………」
「…ただお前が危ないと思って夢中だったんだ…すまない」
「……あ…三成くん、…っ、私の方こそごめん…優しいんだね…」
「…舞雷……だから私がこれからすることも…目を瞑ってくれ」
「……え?」

失敗かと思いきや、大谷の熱視線の先で、二人はそっと抱き合った。おかげで大谷の心は躍る勢いで花が咲いたが、何故か三成だけがガツガツと地面を蹴りつつ自分の方へ来るではないか。

「……妙な」
「妙なことなどあるものか」
「…刹那に距離をつめるな、驚くであろ」
「知るか。……総て貴様の差し金だな…?大方あれは官兵衛あたりか」
「…はて、われには判らぬ」
「…………」
「…………」
「私は…危うくフられかけた」
「…抱き合っていたであろ」
「結果がよければ許されると…?」
「……許せ三成、総ては義のため、愛のため、ぬしの・」
「大きなお世話だぁあああ!!」

そこまでされてはまるで子供だ。刑部の存在を舞雷に知られればどれほどの恥か。怒りやら恥やら色々なものが三成の頭に血を上らせる。
壁にめり込んだ黒田は意識を取り戻した所だったが、大谷が怒鳴られているのを耳にして、気絶したフリをした。


放っておいて!