「………」
昨日から舞雷は塞ぎこんでいた。ふくよかな唇の隙間からはいつも溜め息が飛び出し、視線はうろうろ、潤んだ瞳が揺れる。 私はその理由を知っていた。五日程前に私が贈った着物を無くしたのが原因だった。舞雷は着物を無くしたことに気づいた後、ただでさえ白く美しいかんばせを青くして、部屋中をひっくり返す勢いで駆けずり回った。部屋にないとわかれば、着物など落ちようはずもないのに、城内の隅々から庭、城下へ出て行って、また部屋に戻ってきて同じことを繰り返した。
「舞雷、入るぞ」 「あっ…!」
私にどう謝ったものかを考えていたのだろう。部屋の隅でずっと悲しそうな顔をして座っていた舞雷を見かねて、私はついに戸を開けた。
「…元気がないな。…どうした?」 「……あ…、その…」 「ん…?」
傍に寄りそっと撫でてやれば、舞雷はくしゃっと表情を崩した。そのまま俯いて縋るようにさめざめと泣き、「着物がっ、」と訴えた。 ――嗚呼、そんなことは判りきっているんだ、その着物は私が持っていったんだから。もう部屋の地下に創った隠し部屋に収納されている。
「私の不注意で、無くしてしまって…っ…!すみませんっ、すみませ…」 「いい、気にするな…」 「だっ…て……この前も、簪を…」 「私は気にしていない。着物を無くしてしまったのなら、また買ってやる」 「でも…そんなことをしていただくなんて…」
恐れ多くて。と舞雷は続けた。どうせまた無くしてしまう、と。 しかしどうして、私が舞雷に贈ったものを無くされて腹を立てる?着物の前の簪も、その前に仕立てた着物も、今までの総ては私が持っていったから舞雷の手元に無いだけだ。寧ろ私はこれでいい、一度お前の手に渡ったものが増える口実になるのなら、いくら散財しようが構わない。
結局折れたのは舞雷だった。 また新しく反物を見に行く約束を取り付けて、私はようやく部屋へ戻る。何もない部屋だが地下は違った。今までに舞雷から得てきたものの総てがここにある。
手に入れたばかりの着物を手にし、鼻先を埋める。息を吸い込めば、真新しい生地の臭いと舞雷の香りが肺を満たす。…もう少し辛抱して生地の臭いが飛んでからの方が良かったか。 それでも舞雷の香りがすれば、すぐにでも我慢がきかなくなった。ぞくぞくと背筋をかけ上がる感覚。心臓が早くなり、自然と下腹部に熱が溜まる。 私は舞雷の着物を抱えたまま、そっと片手を下ろした。
渇愛
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