普通なら軍議に使う部屋の上座に位置する場所に舞雷は恭しく座らされていた。普段なら落ちつかずソワソワするところなのだが、左右に座り、互いに向かい合う相手を睨みつけている二人を前に胸は躍っている。 やがて無言の睨み合いを続けていた両名…毛利と石田は、ほぼ同時にダンッ!と机上に皿を置いた。
「どうだ舞雷、我は一押しのかしわ餅を持って来てやったぞ」 「わぁ…!大好きですかしわ餅!」 「フン。我の勝ちだな石田」 「何!舞雷、私は刑部が隠し持っていた芋羊羹をくれてやるぞ!」 「芋羊羹大好きです!」 「ッハハ、私の勝ちだ毛利!」 「小癪な…!同じ評価ではないか!」 「むっ……舞雷、どっちがいいんだ?私と毛利」 「かしわ餅も芋羊羹も甲乙つけがたいですね……!」 「いや、私か毛利だ舞雷」 「え?」 「「………」」
甘いものにめがない舞雷は、自分の為にと用意されたかしわ餅と芋羊羹を交互に見つめて笑っている。 本来それを求愛の小道具に舞雷とどうにかなりたいと思っていた毛利と石田の両名だが、もしや菓子を引き合いに出したのは間違いだったかと眉を寄せた。舞雷は菓子に夢中過ぎて聞いちゃいないのだ。
「……我に嫁げば餅は食い放題ぞ」 「え!?行きます行きます!」 「舞雷?!何を言っている、正気なのか!!」 「よしよし、そうと決まればすぐ安芸に引き返そうではないか」 「お餅〜!」 「ま、待て!!」
ぼそっと呟くように言った毛利の台詞を聞き逃さなかった舞雷は、その言葉の意味を(嫁ぐとか)よく聞かず、遊びに行く位のつもりで立ち上がる。毛利は食い付いたとばかりに口角を吊り上げた。そのまま体よく妻にしてしまえという魂胆丸見えである。
「舞雷、私は毛利と違って菓子に興味がないが…茶菓子のことなら刑部は地味に詳しいぞ!さっきも言ったがその羊羹も刑部がこっそり隠していたものだ、奴ならもっと美味い菓子を持っている筈だ!!」 「か、隠れたお菓子?!」 「なっ…!愚劣!!」 「私に嫁げば刑部の菓子はお前のものだ、舞雷。私が許す」 「わ、わぁ…!私残ります!」 「よし。すぐに祝言だ」 「待て石田、貴様卑怯ぞ!いちいち大谷に頼りおって!!」 「刑部のものは私のものだ」 「その言葉大谷に聞かせてやりたいわ…!!」 「あ…そういえば、このお菓子食べていいんですか?」
立ち上がっていた舞雷はとりあえず先の席に腰を降ろして、皿の上のかしわ餅と芋羊羹を指差した。 体を乗り出して牙を剥きあっていた二人は、舞雷に向ける顔はすぐ整えて引き締まる。
「よいぞ舞雷、我に嫁ぐというならすぐにでも食ってよい」 「私に嫁ぐなら好きなだけ食え」 「………ん?だめ?」 「だから私に嫁ぐのならその芋羊羹を食ってもいいし、刑部の菓子は全てお前のものになる」 「我に嫁げばすぐにでもそのかしわ餅はそなたの口内に尊い甘みを・」 「おい貴様、変な言い方をするな!」 「何ぞ問題でもあるのか」 「え、両方食べるのは…駄目なの?」 「「何??」」
はっきり言って舞雷は嫁ぐというややこしいことは後にして、菓子が食いたかった。 餅食べ放題や隠れた菓子には興味があるものの、とりあえず目の前に用意された甘いごちそうを口に入れたいのである。
「……こうせぬか石田、舞雷は我に正室として嫁ぎ、とりあえず貴様の方には側室として…」 「ふざけるな!!逆だ!!」 「食べたい!食べたいよー!」 「よいぞ舞雷食うがよい!石田、舞雷は先に食った方の妻ぞ、よいな!」 「既にかしわ餅を掴んでいるだろうが!そんなものは無効だ!!」 「あ、ほんとだこのかしわ餅、すごいおいしい!!」 「そうであろう。見よ、舞雷は満足そうにかしわ餅を食した。もう我の妻も同然よ」 「阿呆か貴様。舞雷、その羊羹も食っていいぞ」 「わーい!うわ、おいしい!!」 「見ろ毛利、一口で食ったぞ。私の妻だな」 「阿呆は貴様よ」 「もういい、斬り合いで勝負しろ!」 「我に敵うと思うてか」 「…え?二人ともケンカするの?」
綺麗になったお皿の向こうで刀を抜きあう二人。舞雷は茫然として、立ち上がってはみたものの、どうしたものかと佇立する。
「…あ!」
刃を重ねて鍔競合う二人の向こうで、大谷が皿にまんじゅうを乗せておいでおいでをしている。 舞雷はまんじゅうにつられ、二人の間をうまく潜って大谷に駆け寄った。
「このまんじゅうは美味よ」 「食べていいんですか?!」 「無論。好きなだけ食うといい」
よく見ると大谷の乗る輿の上には大量のまんじゅうが積まれていた。
あまいもの、だいすき
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