戦火の中、己の刃が自軍の兵を引っ掛けたとて、毛利は歯牙にもかけない。
この時も、彼が捨て駒と称する自軍の兵卒が一、二名彼の刃に引っ掛かり、くるくると回りながら倒れて行った。毛利は視界の端にそれを見とめて「またか」と嘆息しながら、一から布陣を鍛えるべきだと先のことを考えていた。その間襲い来る敵の雨を軽くいなし続けていくと、また一人、自軍の者が短い悲鳴を上げて転んでいった。

「ッ!!」

その瞬間、毛利は思考を止めた。
普段の彼ならば、己の刃に自ら飛び込んでくる駒達のことなど眼中にないが、彼女は違った。
彼女は――舞雷は、一兵卒であり捨て駒の一人。彼女自身も毛利もそう認めている。だが、毛利はいつでも口ばかりは他の捨て駒たちのように扱うくせ、体が反射的に彼女を庇うという矛盾に悩んでいた。

毛利はこの時もたまらず、反射的に舞雷のことを心配した。向かってくる敵を数名蹴散らすと、転んだまま動かない舞雷を助け起こし、彼女の無事を確認した。
舞雷の傷が掠り傷程度と判ると、毛利は深く安堵の息を零し、そのまま彼女を支える為に添えていた手をどけた。

「っぶ、何をするんですか、毛利様!!」

倣うように地面に再び倒れた舞雷は、砂を口に入れながら毛利に抗議する。

「元はと言えば毛利様が、私に斬りかかって来たのが悪いのに!」
「我が貴様に斬りかかったのではない。貴様が我の刃の軌道に躍り出たのだ。よって、我に非は無い」
「でも毛利様が自分の護衛をしろ、決して離れるな、ずっと傍にいろって言ったから!」
「ああ云った。云ったが、我に斬られろとは命じていない」
「………」
「我の意識を貴様が集めては、護衛とは逆のことぞ。この隙を上手く突く猛将がいれば、我は貴様の責任で相当な手負いをするだろうな」
「だから、毛利様が私を斬らなければ私は転ばなかったし、毛利様だって心配して私を助け起こしたりもしなかったんじゃないですか?」
「我は貴様など心配しておらぬ。助け起こしもしていない」
「え、だって見ましたもん。ちょっと前に川田と大井が毛利様にやられて気絶したのに、毛利様はまるでなかったことみたいにしてましたよね?」
「誰ぞ、それは」
「………」

舞雷はとぼける毛利に対して一歩も譲りたくなかった。先に彼の手によってやられていた二人はまだ地面に突っ伏したままだったので、舞雷は無言で二人を指差すと、表情ひとつ変えない毛利を前ににらめっこしてみせる。

「…未だ戦時中だと、貴様は気づいていないのか?」
「あっ!」

毛利からのまともな返答、及び謝罪を待ち望んでいた舞雷は、はっとして刀を構えた。周りは二人からしたら相変わらずの雑魚ばかりだが、舞雷からするとすぐ傍に要注意人物がいるので安心出来ない。また斬られ、倒れ、助けられ、突き離され、とぼけられたのではたまったものではない。

「毛利様、私まだ貴方の護衛をした方がいいんですか?それとも自分のことは自分でどうにかしますか?」
「舞雷貴様、なんだその物言いは?我がこの程度の雑魚共を前に劣勢に甘んじるとでも思っているのか?捨て駒は捨て駒らしく我を護って散れ!」
「それ何か矛盾してませんか!」
「そもそも前にも何度となく命じて来たが、いい加減に”元就様”と呼ばぬか」
「だから色々矛盾してませんか、元就様」
「…ッ、貴様、くだらぬことを吐く前に我を庇って散らぬか!」
「毛利様って意味判んない!!」

毛利は最後に、己に向かって突き出された槍の前に舞雷を放り投げ、彼女に刺さらぬよう足を引っ掛けて転ばせ、その間に敵を薙ぎ、また転んだ舞雷を助け起こしてもう一度地面に捨てた。

「も、毛利様…!?二度目ですよ、今日の!」
「呼び名が違うと云うておる」
「…………」


にまいば