舞雷のことを心から愛している。否、愛しているなどという陳腐な言葉でこの感情を表現出来るとは思えない程、私は舞雷を愛している。
いくらかの正しい手順を踏めば、舞雷はよくある「夫を愛する妻」になっただろうか(例えそうなったとしても、私には物足りない)。

普段、自分の為の何かを望むことは多くない。だがこれだけは必要だと、刑部に言って私専用の狭い地下牢を誂えさせた。そこには舞雷を放り込み、誰の目にも触れさせず、誰をも目に触れぬよう、大事に大事に匿った。


舞雷は私のやり方を気に入らぬと云って、片端から私に反発していたのだが、小さな抵抗として食事を受け付けぬようになってから三日目になる。女中に用意させた食事を受け取ると、私はまっすぐに舞雷の元へ向かい、格子を開けて歩み寄る。やつれた顔が億劫そうに私を見上げると、瞳を潤ませて膳を手の平で追いやった。

「そんなかわいい抵抗で、私がお前を解放すると思うのか?」

もしもこのまま餓死するつもりなのなら、私が咀嚼して無理矢理接吻し、口を塞いで飲ませよう。

「私は、これだけは譲れない。お前は、私だけを糧に生きていけ」

舞雷は音も無く涙を流した。日に何度も舞雷に逢いに地下牢へ下ってくるが、舞雷は常に泣いていた。私がはじめて舞雷をこうして匿うことを決心した時、そう、あの瞬間もさめざめと泣いた。

舞雷はいつも何も言わず泣きながら私を拒む。泣く舞雷を見て私は胸が締め付けられる思いになり、単純に、彼女に泣き止んで貰いたいと願った。

「……舞雷、私は、お前に幸せになって欲しいと切に思っている」

――だったら解放しろと、そう云うだろうな。

「お前が欲する物は総て与えるつもりだ。食事もこうして、お前の好物を揃えてある」

――だったら自由を、と糾弾するか?

舞雷は珍しく声を零して泣きじゃくった。私はたまらず、膳をひっくり返しながら、舞雷のやつれた体を抱いた。

……愛していた。一目見た時から。私には舞雷しかいないのだと悟っていた。

私は舞雷に幸せになって欲しかった。

「どうしたら、私はお前の涙を枯らせる?」
「………貴方は、とうにお気づきでしょう。私がどうしたら泣き止み、どうしたら幸せになるかなんて。貴方はただ、自分に都合よく私が此処に居ながらにして幸せになることを願っているんでしょう?ああ、そんな時は永遠に訪れないと、貴方だって本当は知っている筈なのに」

久々にまともに耳に届く声だった。舞雷は、自分を抱きすくめる私の耳元に熱くこう囁いたのだ。
私には判っていた。舞雷の云うことは的を射ていて、私には返す言葉が見つからない。だがお前を解放するなんて、他の誰かと干渉し合うなんて、どうやって私に耐えろと云うつもりだ?(そしてお前にはどうしても幸せになって欲しいんだ)

舞雷はそれ以上何も言わず、床に散って空になった椀を私に差し出した。私はただそれを受け取り、また満たして舞い戻る。
舞雷は泣いて、私は胸を締め付けられる。


こうして日々は過ぎてゆく。


二人分の涙腺