舞雷と毛利はケンカをした。仕事上のことではなく、完全にプライベートでだ。社内恋愛というのはこういう時困ると二人は翌朝思った。

いつもの如く給湯室でおろおろしている新人社員に救いの手を差し伸べてやりたいと思いつつも、舞雷はいくらなんでも昨夜のケンカを思えば自分にも無理だと悟る。
いや、しかし自分と同じように機嫌の悪さを引きずっているであろう男を前に、この気の弱い新人女性社員らが茶を運ぶ方が可愛そうなのでないだろうかと考えなおし、とりあえずいつものように茶を運ぶことだけは買って出てやり、目も合わせようとしない毛利の前に湯呑を置いた。勿論舞雷も何も云わない。朝の挨拶も。

「…機嫌悪そうね」
「はい、そうですとも」
「だからって課長に八つ当たりするのはいかにも不味いでしょうが」
「……うん、まぁね…」

同僚は忠告してくれたが、実際には八つ当たりではない。彼女の機嫌が悪いのは毛利が原因なのだから。
しかしそんなこと知る由もない同僚になんの罪があろうか。舞雷ははぐらかすように苦笑して、コーヒーを啜った。

舞雷はなんとなく頭痛を覚えて頭を抱える。予想と反して毛利があまり機嫌が悪そうではなかったからだ。あれだけ昨夜口論したというに、いつまでも引きずってイライラしているのは自分だけかと焦りも出てきた。もし毛利が昨夜のケンカを「過ぎたこと」と忘れているとしたら、いくらなんでも彼女が子供すぎる。

「朔」
「え?!」
「今日の仕事ぞ」
「…あ、はい…」

悶々としているうちに朝礼は過ぎ去り、仕事を持ってきた毛利はあまりにも普通すぎた。おかげで舞雷は拍子抜けするわ、昨日のことは夢だったのかと混乱するわ。

「一人で百面相して、変よあんた」
「…だってさぁ…」
「何なの?」
「……恋人とケンカした」
「へぇ。理由は?」
「…いや、なんか…信じるか信じないかみたいな…」
「はぁ?」
「ちゃんと愛しているのか否か、みたいな…」
「重い話ねぇ…」
「そ、そう?」
「そんなこといちいち口にしなくちゃ判らないわけ?」
「………」

舞雷はなんとも言えない心境になった。というのも、同僚が彼女に言った台詞が、まさに昨夜毛利に己が吐き出したものと同じだったからだ。

「…照れ臭いじゃない、愛してるって言うの」
「そうねー」
「まあ、一緒にいれば大体判るし」
「そうそう」
「偶に言ってみれば聞いてないし」
「…聞いてないの?」
「私が小声なのも悪いんだろうけどいつも聞こえてない」
「男が悪いわね」
「そうでしょ!」
「あ、舞雷…やば…」
「聞いてない癖に愛してないんだろとか言われてもねぇ!」
「やばいって舞雷、」
「昨日だってせっかく言ってやったのに、」
「ほう、何と言った?」
「え?!さっき言ったじゃないですか!まだ言うか元なっ……このや、ろ……」
「…仕事の手は進んでいような」
「……すいません……」

愚痴に発展しヒートアップしていた舞雷を咎めにやってきた毛利に全部聞かれてしまった。
萎れた舞雷は、静かに去って行く毛利を見とめて心臓が止まる思いをした。怒りなどもう消えている。

「…舞雷、あんたの彼氏って」
「(さっき名前ほぼ呼んでしまったよ!)え、何…?!」
「名前、」
「うっ?!」
「課長に似てるのね」
「……うん…そうなんだ…」