「あの、朔さん…」
「おはよう」
「あっ…すいません、おはようございます」
「どうしたの?」
「その……」

いつも早めに出勤する舞雷は、給湯室の入り口で新人社員の女性に捕まり、カバンを持ったまま立ち止まった。
何か言いたげにもじもじしているのは、いつか毛利の湯呑を割った女性だ。

「あ、また割っちゃったとか?」
「いっ、いえ!違います!そうじゃなくて……」
「別に怒らないから言ってみて」
「……その、お茶が切れて…」
「ありゃ!いっぱいあったよね?」
「同期の子が床に落としてしまったんです…」
「なるほどね…」

いつかの湯呑の女性の数歩後ろで大人しく縮こまっていた子を見て、舞雷は苦笑した。
普通ならたかが茶くらいと笑い飛ばせばいいのだが、毛利は朝茶が無いと煩い。煩いだけならまだしも、機嫌が最悪になりそれが一日持続する。理由が新人ともなれば他社員らからの心象も悪くなるし、良いことはひとつもない。

「コーヒーはある?」
「はい、それは…」
「朝礼終わったらお茶は私が買いに行くから。今朝はコーヒー出そう」
「で、でも…」
「ちょっとカバン置きがてら聞いてくるから」
「あっ、朔さん!?」

舞雷は不安げな二人分の双眸を背に、意気揚々と事務所入りした。

「おはようございます課長!」
「……」
「今日は課長の好きなお日様が照っておりますね、課長!」
「……そうだな」
「ところで、喉がお渇きですか?」
「…何?」
「何か淹れましょうか?」
「……ち・」
「やっぱり朝はコーヒーですよねー!判りました!今日はコーヒーを淹れます!」
「朔、我はコーヒーなど好かん、茶の方が・」
「だめです。今日はコーヒーの日なので」
「何だと?」
「コーヒーの日です」
「……だから何だ?我は茶がよ・」
「すぐ持ってきますねコーヒー!」
「…なんなのだ一体…」

以前のように罪をかぶるのも良いが見破られる可能性は高いし、茶を切らしたというのも新人責任で面倒なのである。舞雷はこの場合一番効果的な方法をとったと言っても良い。

強引にコーヒーを持ってきた舞雷に毛利はもう一度文句を言おうと口を開いたが、

「課長はミルクとお砂糖どうします?」
「……両方…砂糖は多めぞ」
「はい!」

有無を言わさない感はともかく、良い笑顔に誤魔化されて流された。