割り当てられた書類整理が済んだところで、舞雷はようやく一息ついた。パソコンと手元の資料を交互に睨み続けること連続二時間超、目の疲れは当然ながら、肩も気も疲れた。時計を見上げればすでに昼休みも十五分以内というところまで来ている。

「(お茶でも淹れて一休みしたらそのまま昼休みに入っちゃおう…)」

と、舞雷は仕上げたデータを上司である毛利に送信し、腰を上げた。

バンッ。

「……え?」
「追加ぞ」
「…これを一体どうしろと?」

まだ中腰といった所で、机に叩き付けるように置かれたレジュメを見て舞雷は眩暈を覚えた。それを置いたのは他でもない毛利である。

「一時迄に仕上げよ」
「は…?」
「一時迄に仕上げよと言った」
「はぁ…?」
「そなたの能率を考えれば無理ではない」
「でも今やっとさっきの仕事が…」
「終わったと見て持ってきた」
「……酷過ぎますよ…午後一じゃ駄目なんですか?それか他の人…」
「今緊急で決まった午後一の会議資料に使用するのだ。だから一時迄に仕上げよと言っている」
「……それってつまり…?」
「…会議は三時迄が目安。それから飯を食えばよかろう」
「いじめですか……」

その会議とやらに舞雷が出席しないのならばまだ良いのだが、残念なことに今回の会議には彼女も出席しなければならない。
そうこうしている間に、まだ昼休みには十分程早いにも関わらず、舞雷の同僚や他社員らはそそくさと逃げてしまって、もう人はまばらになっていた。

「嫌ですよ…会議中に空腹の虫が鳴るなんて恥ずかしいんですから…」
「昼飯を食っている暇はあるまい」
「……課長、行くんですか。これから食堂に?」
「今そなたが仕上げたデータを確認したら行く予定ぞ」
「…薄情者」
「上司に向かってきく口か」
「いたいっ」

精一杯のひがみで舞雷は唸った。しかし毛利は顔色一つ変えず、戒めるように彼女の頬を引っ張ると、踵を返して己のデスクに向かう。
このままでは本当にデータの確認後食堂に行かれてしまうと舞雷は焦り、背を向けた毛利の腕を掴んだ。

「……なんぞ」
「半分でいいです…」
「………」
「というか、私の半分の時間で仕上がりますよね、課長なら…」
「………」
「大したことないですよね、私で一時間の資料です。その半分の、半分ですよ。今からやれば十二時過ぎには終わりますよね…?」
「…我に手伝えと申すか」
「十五分ください、…元就」
「………」

人がまばらなのを理由にして、舞雷は少しイタズラな顔をして上司の名を呼んだ。
毛利は表情こそ変わらなかったが、視線をスライドさせて誰かが耳にしなかったかを確認する。そして誰も気づかなかったことが判ると、ふっと溜息をついて微かに笑んだ。

「三十分くれてやる」
「え…?じゃあ半分以上やってくれるんですか?」
「愚か者。半分仕上げるのにそなたは三十分かかろうが」
「あ…」
「さて、何を奢ってもらおうか」
「えー!ずるいでしょ元ッ、ゴホンゴホン……課長!」
「………阿呆め…」

まばらな視線が二人を突き刺した。