カタカタ、バサバサとパソコンのキーボードを叩く音やレジュメの音、更には機械の駆動音やファックス、時折鳴り響く電話の音ばかりが響いている。
いつもはここまで社員たちが黙っているなどということはない。 少しくらいのお喋り、相談事、連絡事項、とまぁ口を開く理由は多くあるものだが。
「はいこちら…え、ええ、はい…お待ちください。ねぇ、舞雷!」 「え?」 「ごめん、課長に竹中部長から。繋いでくれない?3番ね」 「……電話受けたの明らかに貴女なのに?不自然すぎるよ」 「声かけたくないのよ!」 「……課長ー、3番に竹中部長だそうですよ!」 「ありがと舞雷…!」
舞雷の隣に座っている同僚の女性は、相変わらずヒソヒソ声で彼女に心から礼を言った。
こんなただ一言を繋ぐだけでも渋る理由は、オフィスが静まり返っている理由と同じだった。何せこのオフィスを支配する課長毛利、今日は朝から至極機嫌が悪いのだ。
「ほら、何も言ってこないよ。別に電話回すくらい平気だって」 「だって、お茶出しただけで「寄るでない捨て駒風情が!」とか叫んでたでしょ!新人の子、泣いてたし」 「貴女は今更泣かないでしょ」 「涙は出なくてもこたえるのよ…」 「ていうかまた捨て駒とか言ってるの?課長…」 「あれは傷つくわよ…」
舞雷と同僚がヒソヒソ話していると、急にガタン!と大きな音を立てて毛利が受話器を放り投げた。厳密には置いたのだが、苛立ち任せだったおかげで定位置にはおさまらず、吹き飛んでデスク向こうに落ちている。
「拾え」 「あっ、ハイ!!」 「可哀想に…あの子も新人でしょ」 「そういえばお茶で泣いた子は?」 「あの子と同期の子だけど、今はもういないわね」 「いない?」 「泣いた後の追撃で帰ったのよ」 「追撃って……」
運悪く自分の足元に受話器が飛んできた所為で声を裏返した新人男性社員は、見ているだけで可哀想になるくらいギクシャクしながら受話器を置いている。 今は新人社員をどんどん導入していかないと不味い時期で、本当なら新人の育成をしっかりしないといけないのは勿論、苛めめいたことで退職させるなど論外なのだが、毛利はそんなことおかまいなしだ。
「おい貴様!」 「え、はッ、ハイ!?」 「まともに置けておらぬではないか。我の子機が充電不足で使い物にならなくなって良いと申すか」 「えっええと、その…!」 「ちょっと舞雷、助けなさいよ!あの子可愛そうだわ!」 「助けろって言ってもねぇ……」 「あんたしかいないでしょ、対抗できるのは!課長もなんか舞雷のこと苦手みたいであまり言わないし」 「……はいはい…」
そう、毛利がどういうわけか舞雷にきつくないのは、好意がどうこうではなく、ポジティブな彼女のことを苦手だと思っていると認識されているのだ。
もはや八つ当たり状態で新人を退職させようとしている毛利をどう諫めたものか。舞雷はとりあえず彼の前に立った。
「……何用だ」 「ええと…もうそろそろお説教はいいんじゃないかと…」 「しゃしゃり出て来るでないわ」 「だって課長…、電話の置き方くらいの事で彼を退職させる勢いじゃないですか」 「フン!我が捨て駒をどう扱おうとそなたには関係あるまい!」 「…またそれですか……」
可哀想に、舞雷の斜め前付近に立たされている件の男性社員にも、プライドがあるだろうに。
「今の若者は根性が無いんですから、ちょっとしたことですぐ辞めてしまうんですよ!だから気をつけてくださいって上にも言われてますよね?!」
噛みついてみた舞雷だったが、言っていることはいくらか辛辣だ。
「数多の駒を失おうとも・」 「だから代えはきかないんですよ!会社自体社員不足だというのに、うちの課はワーストなんですよ、占有率!」 「…む……」 「終いには私も辞めますからね!」 「………わかった、もうよい」 「何ですか?何がいいんです?」 「だからもうよい!二人とも仕事に戻れ!」 「…さすがね舞雷…」 「いや、私だって課長怖いには怖いんだからさ…」 「そうは見えなかったけど」 「……」
誰にも言えないが、あまり調子に乗り過ぎるとプライベートで怖いのだ…と、舞雷は心のうちで溜息をついた。
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