二人の荷物は少ないとはいえ、引っ越し作業の翌日はいくらなんでも疲れが尾を引いていた。普段そこまで朝に強くない舞雷はいつにも増して熟睡しており、早起きが日課の元就はいつものサイクルで目覚めた。

「んぐっ?!」
「して、舞雷」
「ちょっ…!何で乗るのっ、苦しい!重い!!」
「朝飯はどうした」
「……ぐ〜」
「起きぬか!」
「痛!!潰れる!!」
「はやく飯を作らぬか!」
「な、何で私が!?」

朝日が申し分なく昇っているのを確認してから、元就は爆睡している舞雷の上に跨って、体重を掛けながら朝飯を要求した。
いつも目覚めは良くない舞雷も、こんな起こされ方をされれば目はぱっちり。朝飯を作れとはどういうことだと驚いている間に元就が体を引くので立ち上がる。

「そもそも米を炊いておらぬではないか。今から間に合うと思うてか」
「……思わない」
「昨夜のうちに炊飯器をかけておけ」
「………」
「使い方が判らぬとは言わせぬ。我は知らぬぞ!」
「…いや、炊飯器くらい使えるけど…なんで普通に私がご飯係に決めつけられちゃってるの!?」
「何…?」

女性が炊事というのは違和感がないが、舞雷も元就も同じ学生であるし、そう決めつけることでもないと彼女は思っていた。同棲を決めた時は家事のことなどどちらも触れなかったのは、舞雷からしてみればどちらともなく手を取り合い…と思い、元就は当然の如く舞雷にさせるつもりだったからだ。

「……いきなり凄い意見の相違が…」
「かようなことで仲違いなどしてたまるものか…!」
「…うん、じゃあよく話し合って家事分担を決めようね」
「………舞雷、そなた…」
「ん?」
「我に家事をせよと申すか…!!」
「………私が専業主婦ならそうは言わないんだけど、同じ学生だし…」
「果てはそうなろうが」
「まだそうじゃないでしょ」
「…生活費は我の方が多く出している筈だな?」
「あっ、ずるい!私も元就も生活費の出所は親じゃないの!!」
「ええい黙れ!我は炊事など出来ぬ!したこともない!」
「私だって得意じゃないし!じゃあ掃除洗濯をやってよ!」
「どちらもしたことなどないわ!」
「え゛?!掃除くらいできるでしょ?洗濯…干す位は出来るよね?!」
「出来ぬ」
「………」

舞雷はあんまり元就が本気で言うので言葉に詰まってしまった。

「…大丈夫、小学生ともなればお洗濯くらいできるから。ていうか洗濯は洗濯機さんがほぼやってくれるから。覚えてね」
「…………」
「だから何で睨むの…」
「チッ…」
「ちょ、やめてよ怖いんだから!」
「いいから飯を作れ!」
「……まったく…もう亭主関白のつもりなんだからさ……」
「何をブツブツ言っている」
「何も言っておりません」
「………」

結局うやむやだが、仕方なく舞雷は冷蔵庫を開けた。とりあえず片付けは大方昨日のうちに終わったので、買っておいたパンと卵で簡単に済ませれば良いと考えた。
元就は機嫌悪そうに眉を寄せたままおもむろに洗濯機の前に立つ。着替えついでに着ていたパジャマを放り込み、数あるボタンの中から「スタート」を見つけ出しはしたものの。
押しても押しても反応しない。

「……(おのれ、あれは本気で我にこれを使えと言うか…)」
「なんかもう遅いよ時間!早く食べて、ほら!!」

急き立てられ、元就は舞雷の正面に座って、ただの目玉焼きとマーガリンをぬっただけのパンを掴み。

「動かぬ」
「へ?」
「洗濯機ぞ。スタートを何度も押したが無反応だ」
「…ああ、うん…だってコンセント抜けてるし…」
「………」
「元就って、家事オンチじゃなくて、機械オンチなんじゃないの?」
「…もう知らぬわ……」

元就はやるせなくなって、マーガリンよりジャムがいいと言おうとしていた口を閉じた。