高校でも家庭科的な授業はあるわけで、しかも男女でやることが違った。というのも担当教師の気まぐれなのだろうが、女子は調理実習で簡単なカップケーキを焼きましょう、男子はチクチク刺繍しましょうとなった。笑える。

「私は謙信様にあげるんだ」

調理台の関係で数人ごとの班に分けての調理実習、同じ班になった熱狂的上杉先生支持派のかすがは、生地をオーブンに突っ込んだあたりで手を組み思いを馳せはじめた。
同じく市も便乗して「長政様」とか言い始めたのでこっちは頭が痛くなる。高校ともなればあちこちで恋の話が飛び交うが、私には全くなかった。耳をそばだててみれば余所の班でも恋人にあげるだの、先輩にあげるだのと言っているのが聞こえて来る。周りを見回すとほとんどの女子がピンクのオーラとハートマークを浮かべて女の子モード全開になっていた。

「……当然の如く自分で食べるつもりだった私は場違いなのかな…?」
「私も同じだ」

隣の班の孫市も私と同じように腕を組んで呆れた様子だったので聞いてみれば、彼女は仲間だった。しかし一部で前田くんと浮いた噂のある彼女のことだ、全く同類というわけでもないか。

「あーあ、私だけか寂しいのは!」
「……何を言っている?お前には石田がいるだろう」
「は!?三成!?」
「…私はてっきり恋仲なのだろうと思っていたが…違うのか?」
「ま、まさかぁ。ただの幼馴染だよ…そう少女漫画のようにはいかないって!現に別に愛してないし」
「そうか」
「そうさ」

性格的にさらっとしている孫市はそれ以上突っ込んでこなかったが、逆に私が妙にモヤモヤした気持ちになった。周りから見れば恋人同士に見えるのか…と自分たちを顧みれば、確かにそう見えなくもない…と思いつつ、しかし幼馴染だという事実はほとんどの友人たちに認知してもらえているわけで、確かに私も三成をそこまで意識していないし、三成からしても同じ筈だ。同じように女として意識してなどいな……いと思うとなんか腹立つな。ムカムカするな。なんでだ。

「ぐぁ〜!なんだこれ!胃がムカムカしてきた!!」
「……だったら石田にくれてやれ」
「三成の拒食ぶりを舐めちゃいけませんよお姉さん!」
「受け取る方に千円賭けてもいい」
「はぁ…?どうしたの…」
「ふふ」

え、さっきから何だろうこれは?自分の妙な苛立ちの理由もそうだが、孫市のこの意味ありげな笑みは一体…?何故あの拒食症かという具合の三成が、好き好んで私のカップケーキなんて受け取ると思うのか。しかも千円も賭けちゃったよ。

「乗るのか、乗らないのか」
「え、え〜…」
「受け取らなければ千円やるぞ。受け取らないと思っているんだろう?儲けると思えば易いじゃないか。勿論万一受け取れば千円貰うが」
「……よーし、そこまで言うなら賭けちゃうよ。確実に受け取らないからね!先に千円貰ってもいいくらいだよ!」
「さあ…どうなるかな」

まだ不敵な笑みを浮かべている孫市の自信の意味が判らないが、確かにこれは美味しい賭けだった。三成は絶対受け取らない筈だ、そう…その筈だったのだが…、ことは妙な展開を迎える。

「ね、ねえ三成…さっきの実習で作ったんだけど食べる…?」
「………」
「いらないよねー。そうだよねー」
「いや、」
「え゛!?」
「貰う……」

千円が〜!!
じゃない、何で!?

三成はなんと私の確固たる自信を裏切り、ぷんぷん甘い匂いを放つケーキを受け取ってしまった。いくら空腹でもこんな甘いもの食べない筈だ。それは幼馴染だからこその長い付き合いで嫌になるくらい理解している筈だった。更に言ってしまえば昼食直後の授業だったのだ、三成は空腹ですらない。

「ま、まさか孫市と共謀して!?」
「……孫市?何を言っている?」
「違うの!?孫市と共謀してなかったって、豊臣校長に誓える!?」
「当たり前だ」
「………千円…」
「…何?」
「千円……」

問題なのは千円を失うことになった喪失感ではなく、自分の感情の落ち着きのなさだった。普通だったら「あれ、意外〜」くらいで済みそうなことなのに、どうしてここまで驚いたり沈んだりしなければならないのか。

「…これで千円もとるのか?」
「……ん…?あ、違うよ、別の話」
「……いい、とっておけ」
「はぁ…?なんで…?」
「礼だ」
「…今日の三成おかしいよ」
「煩い」

三成は私がブツブツ千円千円言っているのを勘違いし、千円札をくれた。これで金銭的な損はしなくなったがまだ妙な気分だった。
すぐ後ろにある自分の席に座ることが出来なくて、三成の隣に突っ立っていたら、もの凄く珍しい光景が目に飛び込んできた。三成が口をあけて甘いケーキをぱくり。ああ、なんてレアなんだ。それ猛烈に甘いぞ。

「…甘いでしょ」
「ああ」
「……」

でもまだ食べる。