低血圧は素晴らしい。いくら早く深く安眠しようとも朝のだるさは消えてくれない。さわやかな朝というのは一体なんだ?とボーッとしながら考えて、無心に食パンをトースターにかける。食欲はないが食べないと昼前の授業で腹が鳴るので仕方ない。

チーン。

父は遠方へ単身赴任、母はちょっと実家へ帰ったら居心地が良いらしく戻ってこなくなった。まぁそろそろ一人暮らしの経験も良いものだろうと両親は考え、金とたまの様子伺いの電話を寄越すのみで、愛娘を放置している。
そのことに文句はなかった。時折二階建ての家が広すぎるような気はするものの、精神的にも成長出来たつもりでいる。

取り出した食パンにマーガリンを塗る音が地味に好きだ。無駄に塗りたくってかぶりつく。バターだったらもっと美味いのだろうか、とどうでもいいことを考えながら、喉が渇く。冷蔵庫から牛乳を取り出して、コップに注ぐ。パンと牛乳を一定の間隔で交互に口にしながらテレビのリモコンへ手を伸ばす。数秒のブランクの後画面に朝のニュースが浮かび、偉そうなおじさんが青少年の犯罪についての苦言をベラベラと………ん?

8:42

あれは…画面右上!!

「ち、遅刻ー!!て……」

遅刻どころではなかった。
ああ、これだから低血圧は素晴らしい。自分を見降ろせばパン屑を纏った服はパジャマのままだし、髪も寝ぐせでライオンのようだ。このまま服だけ着替えて出て行ったら猟奇的すぎる。

焦りで血圧が上がって顔が熱くなり目もすっかり冷めた。また今日もさわやかな朝など訪れることはなく、慌ただしいだけの朝だ。無駄だと判っても悠長にはしていられない自分の性格を呪う。大いに焦って家中を跳ねまわり、ドアを吹き飛ばす勢いで外へ出た。

「あ…!?」
「……?」

外へ出た瞬間お向かいの幼馴染が、余裕げに歩いていた。
まさか朝のニュースに出ている時刻が間違っている筈もない。この優等生ぶっているが実はそうでもない三成も一緒に遅刻なのだというのは明確。

「み、三成このやろう!!」
「なっ…、朝っぱらから何だ!!」
「何のろのろ歩いてんだ!遅刻だよ、遅刻!!急げ急げ!出動!!」
「煩いぞ…今日は歩いて行くんだ」
「チャリ出せよ!そして私を乗せて全力でこげ!!」
「…………」
「あ、無視?!無視なの?!」

朝からギャーギャー噛みつく私は、確かにさぞ煩いでしょうよ。
三成は私を無視してスタスタ歩き始めた。確かに、この辺は距離的に徒歩でも自転車でもいいかな、という微妙なところで、三成は気まぐれにどちらかを選んで登校する。彼はつまり私と違って、無駄なものは無駄というタイプなのだ。

「ね、ねぇ三成怖くないの?!武田先生に殴られるよ!」
「殴られるのは真田くらいだろう」
「……確かにそんな気もするけど」
「喚くな。遅刻には違いない」
「…三成はなんで遅刻?寝坊?」
「ああ。…お前は大方のんきにパンでも食っていたんだろ」
「え、なんで判るの」
「………」

途端呆れたような三成の視線が私の顔下半分に集中して、思わず手で口を押さえたら、ざらざらした。