他校の生徒との揉め事の後、教師らに引き取られ竹中校長におしおきされた元親は、教室に戻るなり舞雷から引き剥がされた。逆に舞雷が傍にいた方が彼は大人しいのだが、そこは毛利の個人的な利益を追求した上のことだった。元より教室の端の方に位置していたのだが、その対角に移動されたのである。

「おう、舞雷」
「お、おう、長曾我部先輩」
「また毛利がいねぇな…今日はまだ何もしてねぇぜ?」
「元就は大谷先生に呼ばれてどこか行ったんだよ」
「も、元就?!お前ら…」
「あ……あはは…」

また昼前に登校してきた元親は、舞雷に声を掛けて少し後悔した。自分が竹中にしばかれている間、彼女は毛利の頬をビンタして仲が割れる筈だったのに。彼女がそれを実行しなくても仲が割けないだけの筈だった。それがどういうわけか、名を呼び捨てるまでになっているとは信じ難く。渇いた笑いで誤魔化そうとしている舞雷を半ば睨みつけ、元親は教室なのにそこに唾を吐いた。

元親がそれきり何も云わず、遠く離れてしまった席に座っているので、舞雷の中で不安が募った。当然だ。ただ毛利の名を呼んだだけで元親が機嫌を損ねる心当たりが彼女にはないのだから。それもあからさまに唾を吐くなどという荒っぽい仕草だったものだから、怖いにも程があった。

「(私何か失礼なことしたかな…いや、あれだと元就の名前出したことが…自分だけ先輩呼びなのがそんなに気に食わなかったのかな…)」
「……どうしたのだ舞雷」

毛利は昼前に戻ってきて、既に昼休みに入っている。だというのに悶々と何かを考えて動こうとしない舞雷を、彼は訝しげに見つめた。彼女が想像した元親の怒りの理由は間違ってこそいないが核心をついてはいない。彼は舞雷が好きなのだ。想いを伝えない自分が悪いと思いつつ、しかしあまりに毛利と差がでて焦りと嫉妬でああなった。

「おい、舞雷!」
「はっ!あ、も、元就」
「……何があった」
「ううん、別に!」
「………」

舞雷は強引に誤魔化して弁当箱を取り出した。

上の空のまま昼休みが終わり、毛利も気にはなっていたが深くは追及せずにいた。すると、昼休みには消えていた元親がすっと教室に戻ってきて、対角の席で大人しく授業を受ける様が彼女の目に飛び込んでくる。

「…珍しいこともあるものよ」

毛利は元親が大人しいことと、授業を受けていることに対してこう呟いた。
だが、舞雷は余計に混乱する。つい先日竹中から色々叱られたのだから多少まじめなのは当然であるべきだが、彼に限ってそう素直ではないだろうし、態度の異変は自分の所為かもしれない。

「クソッ!!」
「!?な、何だ長曾我部!?」

静かな授業の最中それは突然訪れた。大人しくしていた元親が急に悪態と共に立ち上がったのである。教師も生徒も口をあんぐり開けて驚いていた。あの毛利でさえもだ。元親は忌々しげな顔で、ずかずかと移動する。ああ、授業に飽きたのだなと毛利は思ったが、舞雷は違った。何せ元親は確実に舞雷を見つめたまま距離を詰めてくるのだから。

「舞雷!!」
「ひっ、は、はい?!」
「テメェ、この俺を差し置いて毛利を名呼びとはどういう料簡だ、あァ?」
「な…、なんだ貴様?見苦しく妬いているのか?愚かな…」
「黙ってろ毛利!…舞雷、俺ァ耐えられねェ。毛利を名で呼ぶんなら、俺のことも名で呼んでもらおうか!」
「あ、あ…、え?」
「元親って呼んでみろってんだよ!」

元親の抱えていた苛立ちはやはり名前のことだった。だが反応が過剰じゃないか。いくらなんでもガラの悪い元親が威圧的に言ってくるのは舞雷だって怖い。
力の抜けた声で、「も…とちか」と呟いた。それじゃ駄目だと怒られて、「も、元親!」と叫んだ。そこでようやく元親は笑った。