色々あって、流されやすい舞雷は毛利の頬を「嫌い」発言と共にビンタしてしまった。おかげで昼前に戻ってこれた毛利は傷心に沈み、ずっと追いかけては捕まえられなかった不良頭の元親を捕まえることに成功した島津が良い顔で戻って来て開始した授業の間、ずっと叩かれた(といってもペチッ!程度であるが)頬を押さえて黙りこくっていた。

「毛利先輩、あの…」
「…なんぞ」
「(あ、無視はされないのね…)ごめんなさい、長曾我部先輩に言われて、ついその通りに……」
「…貴様がしたことは我の心を深く抉った」
「う゛っ」

今は授業中だが昼まで30分はある。その間ずっと押し黙られていては舞雷の精神が持たない。彼女はヒソヒソ声で意を決し謝ったが、毛利は無視こそせずとも常人に向けるような無感情な目を向けた。今まで、とても判りづらいが確かに温かな目しか向けられたことのなかった舞雷を竦みあがらせるには強すぎる。

「……名を呼ばせよ、朔」
「…はい?」
「舞雷…と呼ばせよ」

冷たい視線に加え責めるようなことを言うので、舞雷は本気で焦っていた。しかし次いで投げられたこの台詞には、別の意味で戸惑った。まだ毛利の双眸は温かくなかったものの、声色は既に丸い。舞雷は妙に心臓を騒がせながら、ガクガク頷いた。

「それから、我を名で呼べ」
「…元就先輩、って…?」
「先輩などいらぬ。年は違えど同じ2年よ。そのままでよい」
「も、元就…?」
「……これで平手打ちの件は忘れてやろう」
「あ、アリガトゴザイマス…」

舞雷が名を呼んだ瞬間、毛利は軽く微笑んだ。いくら惚れられているとは言え、彼のこんな表情を見るのは初めてである。舞雷はかつてない程心臓をざわめかせた。顔に血が集まって真っ赤になっている自覚がある。逃げてしまいたい衝動にかられたが、まだ授業中であったし、トイレと言って出て行くのもそれはそれで恥ずかしいのだから。逃げられなかった。

「舞雷、我も一種の不良よ」
「、ど、どうして?」
「ただ成績で隠しているだけに過ぎぬ。面倒と思えば授業など脱するし、教師であろうと気に食わねば排斥する。ささやかな規律にも従わぬ」

言いながら毛利はポンポンと己の机を叩いた。言ってしまえば毛利が通路を塞いで机を寄せていることも、規範から外れていることになるにはなる。

「長曾我部とは目立つか目立たぬかの差よ」
「……妙に納得がいく…毛利せんぱっ、じゃない…、元就、は…結構好き勝手にやってるもんね」
「そなたはもう少し勉学せよ。成績さえ上がれば完璧な優等生ぞ」
「……そうかなぁ」
「…まぁ、一度サボったこともある。満点の答案を五つも出せば免責か」
「い、五つ?無理!」
「まだ半人前よ。案ずるな、満点など優にとれるよう我がしごく」
「い、いいよ…私は優等生じゃなくたって。赤点ギリギリで」

ならぬと切り捨てられると思った舞雷は苦笑していたが、彼女の期待を良い意味で裏切って、毛利は何も云わなかった。