「この学校…規則多いのに、長曾我部先輩は普通の不良だね…」 「だから留年してんだよ」 「まあ…そうだけど」
席が隣になると余計に、授業のたびに元親がいないことが目立った。朝皆が普通に集まる時間来ることは稀であるし、来ていたとしてもいくらか談笑した後は雲のようにいなくなる。昼前の最後の一時間、というところでようやく顔を出した重役出勤の元親に、舞雷はまっさきに冒頭の台詞を吐いた。勿論嫌がらせのつもりなど毛頭ないので、元親も笑いながらそれに答えた。
「…ん?毛利はいねぇのかよ?」 「生徒会がどうとか言ってたよ」 「ああ…役員だっけ?」 「うん。緊急の何かがあって…とか言ってた。昼まで戻らないって」 「お、そりゃツイてるねぇ」
がたん、と大仰に椅子に腰かけた元親は、空っぽの毛利の席を見て口角を吊り上げた。
「だったら早く来るんだったぜ」 「…今日は寝坊なの?」 「いや、ちょっとな…隣の学校の連中と揉めたもんでよぅ」 「……ケンカ?」 「不良同士の衝突は避けられねぇのよ。ま、ケンカといっても楽しいケンカだ、そんな顔する程のことじゃねぇ」
見るからに元親は無傷だったが、ケンカと聞けば舞雷は不安になる。彼女も無自覚に顔を歪めていたおかげで、元親は手を伸ばして彼女の頭を撫でてやった。 彼の言う通り、揉めたといっても夏祭りの行事がどうのこうのというくだらない理由だったし、相手は隣高のケンカと祭りが大好きな前田慶次だ。仲が悪いわけではない。じゃれあい程度のケンカだった。
「で、次の科目は?」 「島津先生の歴史」 「フーン。ま、いいか。わざわざ屋上行くまでもねぇな…」 「仲悪いんじゃないの?」 「島津とか?ま、鬼の名を競ったこともあるけどよ」 「鬼って……」 「いいんだよンなこたぁ!」
元親は撫でていた舞雷の頭をガシガシかきまぜ、嫌がる彼女のぼさぼさになった頭を見て歯を見せて笑う。彼にとって舞雷は可愛い後輩、妹みたいな存在、そんなものではなかった。確かに女として好きだった。けれどまだそれをおくびにも出さずにいたのは、言い出すタイミングを逃したものが惰性でここまで来てしまったからだ。
「長曾我部どん――!!」 「……は?」
やがて始業のチャイムの直前、教室に転がりこむように島津が現れて、舞雷や名を呼ばれた元親は勿論、クラスメイト達全員が目を点にした。
普段は温厚な島津も、怒れる時は鬼島津と呼ばれ畏れられる男である。最近ではまるで接点などなかったのに、いきなり臨戦態勢の島津を前に、元親は本気で拍子抜けした。
「さ、おいと来るがよか!!」 「え?ちょ、おいおい…、俺が何したってんだぁ?!」 「とぼけるでなか!隣のもんとひと騒動起こしたろ、ご近所の皆さんから苦情が来たとよ!!」 「ンなっ、ちくしょう、毛利がいねぇのはそれだな!?」 「生徒会が…長曾我部先輩のために召集されてるんだ…」 「長曾我部どんを掴むがよか!!」 「え、え?!」 「おい掴むのかよ!!」
いきなり島津に言われた舞雷は困惑しつつその通りにしてしまった。舞雷に掴まれている元親が、彼女の手を振り払って駆け出す筈もない。まんまと筋肉質な島津の腕に捉えられてしまった元親は、これはあまりに簡易で稚拙だが、毛利の入れ知恵だろうなと頭を痛めた。
「今日こそ尻叩きの刑よ!ワハハ!」 「あ、ごめん長曾我部先輩!!」 「おう、俺を憐れと思うなら、毛利が戻ってきたら頬にビンタのひとつもくれてやってくれい!」 「び、ビンタ?」 「あんたなんか嫌いよー!とか叫んでくれるとなお良いねぇ」 「?、?」
そして次いで戻って来た毛利に、舞雷はその通りにしたのである。
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