「…これは初めて我が貴様に補習してやったものと同じぞ」
「ご、ごめんなさい…」
「………」

テスト後の補習から始まった二人の放課後の関係はほぼ毎日になった。ギリギリでやってきてギリギリで進級した舞雷にとって、教師並みに頭のキレる毛利の個人教授は、恥ずかしいのと同時に有り難いものだった。
そして回数を重ねてきた今、恥ずかしい思いも薄れてきた。お互いの心から。

「恐ろしく覚えが悪いな」
「うん……」
「うんではないわ」
「ごめん…」
「それは先に聞いた」
「え、ええと…がんばるよ」
「………」
「…毛利先輩?」
「……もうよい。今日は終いぞ」
「………ごめんなさい」
「よいと言うに…」

恥ずかしい思いは確かに薄れてきた。しかし台頭してきたのはこの気まずさだ。これは単に舞雷の頭が優秀とは言えないことからくるものでも、毛利の口が悪いことからくるものでもなかった。

既に他のクラスメイトなど誰もいなくなっていた二人きりの教室に、広々ととられた窓から眩しい程の暁が入り込む。毛利は立ち上がり参考書や筆記具をしまい、舞雷もそれに倣った。あっという間に片付いてしまった机を見て、互いが淋しさを思う。

「……毛利先輩、」
「なんぞ」
「…いつもありがとう…」
「……よい」

鉄面皮だが伝えることはまっすぐに伝える毛利は、舞雷への想いなどとうに伝えている。それをはぐらかしているのは他でもない舞雷で、しかし正式な告白をしていないことも事実で、もう帰り支度は出来ているのにどちらとも足をすすめないこの瞬間、差を縮めるべきかを己に問うた。
まっすぐに見つめられて固まった舞雷の心臓は忙しなく緊張し、橙の光は二人の横顔を照らしていた。

「……帰るぞ」
「、うん」

この場で求めれば舞雷は流される。それに感づいた毛利は何もしないことに決めた。促せば彼女は控えめに彼の数歩後ろをついてくる。

「(まともな敬語は使わない癖に奥床しい奴め…)」
「(どうしてこんなに胸が躍るの…)」