「私…長曾我部先輩みたいにスポーツ優遇ないし、毛利先輩みたいに頭も良くないから…つまり、」
「つまり、授業なんて受けても受けなくても一緒、ってことだろ?」
「えー!そうくるか」

それなりに真面目な姿勢で今まで学校生活を送って来た舞雷は、元親に手を引かれ、初めてのボイコットに及ぶことになった。勿論彼女は口にしたようにサボっている余裕なんてないと思っていたから気乗りはしなかったけれど(しかも始業ギリギリで教室を出た所を毛利にしかと睨まれている)、手を引く元親が止まってくれる気配はなかった。

「そうだ、屋上って立ち入り禁止でしょ?入学の時言われたよ。鍵がかかってるから行くだけ無駄だって」
「いつの話してンだァ?そんなもんとっくに壊したぜ」
「……え…」

思えば、元親は当校で不良めいた集団を持っている男だ。屋上などというサボりには最高に適した場所を確保していない筈もない。やがて階段を息を切らしながら昇り切ると、屋上へ出る扉が舞雷の前に現れた。判り易い南京錠は無残に壊され、頼りなく鎖と一緒に首を垂れている。

一緒にサボろう、などと手を引かれてはいるが、舞雷はまだこの長曾我部元親のほとんどを知らなかった。もしやこの扉の向こうは不良の溜まり場で(不良と呼ばれる連中は皆スポーツ優遇)、自分もワルの道に巻き込まれてしまうのだろうか…と顔の筋肉を引き攣らせたが、力強く開け放たれた扉の向こうは空っぽだった。

「自由っていいもんだろ」
「……うん、だけど…」
「何だァ、まだモゴモゴ言ってんのかよ…どうせ次も赤点だろが」
「なっ、ち…違うよ、アレはたまたまだよ…いつも50点位行くし…」
「それで竹中の補習は無いとしても毛利が離さねぇよ」
「……それも良く分からないんだよなぁ…ていうか、サボって赤点で毛利先輩の補習…っていうパターンが一番怖い!せめて頑張ってる姿勢を見せておかないと!」
「そりゃ言えてるな」

元親は必死で言う舞雷を前にからから笑った。その笑顔の屈託のなさに舞雷はいくばくかの胸の苦しさを感じたが、それは高い所にいるからだと錯覚した。

「私、戻――」
「もう遅いわ」
「ゲ。お目付役が来やがったか…」

とっくに始業のチャイムは鳴っていた。けれど戻ろうと踵を返した舞雷は、すぐ後ろに立っていた毛利を前に絶句した。そこまで驚かれた毛利の方もいくらか驚いて目を見開き、すぐにいつもの鉄面皮。彼の手には普通に受ける筈だった数学の教科書などが握られていた。

「おいおい、あんたもサボんのか」
「我こそ授業など受ける必要はない。この際だ、我が指導する」
「毛利よぅ…ここで勉強しろなんて言い出さねぇよな?」
「貴様は去ね…と言いたいところだが、まぁよいわ。我が直々に教えてやるのだ、有り難く思え」
「有難迷惑だってんだよ」
「……朔、心臓は落ち着いたか」
「あッ…、はい…」

元親の笑顔と高所と急に現れた毛利の三重で暴れた心臓が痛かった。

舞雷は胸を押さえながら、何故か込み上げてきた笑いを零した。