「あの…課長ちょっとお話が」
「……此処では不味いのか」
「…その、ちょっと手違いがあって」
「まさか、そなた…」
「厳密には、新人さんですが…」
「………申せ」
「はぁ……」

実に決まり悪そうに舞雷が取り出したるは、苦情がつらつらと並べられたファックスである。
それを受け取り、ざっと目を通した毛利は見るからに苛立ち、目元の筋肉まで引き攣っている。先日新人教育係として専任となった舞雷は、それが新人のミスでも己に責があることは重々承知していた。おかげで、目の前の上司がいかに隠れた恋人であろうとも、大変恐ろしく見えたものだ。

「頼まれたまとめものの送信先を間違っていて、その…本来の依頼会社の情報が他社に漏れまして…」
「そんなことはこれを読めば判る。どれほどの信頼を失い、どれほどの損失を被ったかは手に取るように判るわ」
「はあ…すみません…」
「…しかしそなた…」
「……はい…?」
「よくもやってくれたものよ」
「………本当にすみませ・」
「して、何故ミスを犯した本人はここに立っておらぬのだ?」
「あっ、その…」
「縮こまっておれば良いとでも思うてか。張本人を此処へ連れてまいれ、その後そなたは戻ってよい」
「ま、待ってください課長…」
「わざわざそなたが一人報告に来た理由は重々承知よ。だがそれではならぬ。然るべきことぞ」
「…そうですが、お叱りなら私も一緒に。確認を怠ったのは事実ですから」
「……判った。とかく連れて来い」
「はい……」

舞雷が戻れば、そちらで固くなっていた新人女性社員が余計に肩を震わせた。それを宥めるように連行する舞雷を見つめながら、毛利は深く溜息をつく。見逃してやれるような件ではなかったのだ。

「まず聞くが、なぜそなたは朔に報告を押し付けて悠々と座っていた?」
「か…課長、それは私が勝手にいいと言ったからですよ……彼女は、」
「黙っておれ」
「……でも…」
「……(調子が狂うわ…)ああ、もうよいわ…意気地がないどころか責任も持てぬとは。竹中は我にこれを切るなと言う…。嫌な時勢よ…」

心底呆れた様子で目頭を押さえる毛利は、やはり悲しげな顔をする舞雷を前に、いつものようには冷徹になりきれない。

「………」
「課長?どうしたんです?」
「…これをどうする」
「え?!」
「誰が謝りに行くのだ」
「…それは、やっぱり課長…」
「ハァ……」
「他に誰がいるんですか…」

始終黙りっぱなしの新人社員を一瞥し、毛利は頭を抱えたまま深く溜息をつくと、重い腰を上げた。

「課長…?何処行くんですか」
「問題の会社に謝罪電話を入れる」
「………」
「そなたらの前で平謝りなど出来よう筈もない、大人しく待っておれ」
「…お願いします」
「戻ったら、朔…第一会議室に来るがよい」
「はい」

毛利の姿が見えなくなると、緊張の糸が切れた新人社員がその場に崩れ落ち、声を漏らして泣いた。





電話を終えた毛利はこめかみを押さえたまま、すっと第一会議室に入った。舞雷はそれを確認し、すぐに後を追うように駆ける。

「あの……」
「会議中の札を下げよ」
「あ、はい」
「…隣に座れ」
「隣…?はい…」
「……舞雷」
「っ、」

すっと毛利の手が伸びて来て、舞雷は驚いて息を飲んだ。しかしどうして、彼女を叱りつけるようなことがあろうか。

毛利は舞雷の頭を撫でつけ、唇を寄せて軽くキスをした。