「…舞雷、ねぇ、あんた朝から誰とメールしてるの?」
「あの超日当たりの良い席でふんぞり返ってる偉そうな、かつ実際私たちより些か偉い、女みたいな顔した男」
「要約すると毛利課長ね」
「イエス」
「昼ごはん買いに出てる間にパソコンに何回も表示出たわよ」
「じゃあ聞かなくていいんじゃ…」
「偶然かと思ってね」
「…朝からずっとメールしてる相手はまさにその人です」
「どうしたっていうの?」

舞雷の隣に座っている同僚の女性は、毎朝早起きして自分の弁当を作っているらしい。昼休みになった途端、弁当を買いに走った舞雷を待っていてくれたのだが、その間彼女のパソコンにいちいち表示される「毛利課長」の文字が気になってしかたなかったようだ。

いくら敬遠しようが上司と部下なら仕事の指示や報告で、一日に少なくとも一度くらいは口をきく。しかし昼までに舞雷と毛利は一度も口をきいていなかった。それどころか、舞雷はあからさまに彼を避けている節があったから、同僚も見て見ぬふりはできない。メールの話を皮きりに、理由を掘るつもりだ。

「何かミスしたとか?」
「…あながち間違ってないかな…」

舞雷は買ってきた弁当を広げながら溜息をつく。

「昨日残業だったでしょ、私」
「ええ」
「ちょっと疲れてて、今日の早朝会議に使う資料の一部、グラフ立てするの忘れてて」
「あらら」
「その早朝会議に出席し、グラフがないことに気づいた毛利課長はどうしたか、わかりますかな?」
「出勤したあんたを呼び付けて、叱りつけた」
「はいそうでございます。私が悪いよ、確かにさぁ…だけど…」
「なんて言われたの?」
「………」

無気力そうにご飯を口に運びながら、器用に左手でマウスを動かす。舞雷がこの弁当を買いに出ている間に届きまくった毛利からのメールを開く為だ。

「…まぁ、いろんな人が言われまくり、聞きなれたようなことだよ。無能とか愚図とかね」
「……確かに、私だって何度も言われてるわ、そんなの。じゃあ何でケンカしたみたいにメールでやりとりしてるのよ」
「………だって頭にきたんだもん。謝る間も与えてくれずに罵詈雑言を吐いてさぁ、挙句「一言の謝罪も出来ぬか、餓鬼以下ぞ」とか言われて鼻で嗤われて、言うだけ言ったらすっきりしちゃって茶を淹れて来いだよ。逆ギレしちゃいましたよ私は」
「…いつものことじゃないの、課長に関しては」
「あんなに言われたの初めて」
「そこで拗ねられるのはあんただけよ、全く……」
「よく耐えてるよ、皆…」

二人は同時に溜息をついた。

舞雷が開いたメールボックスには仕事の命令がずらりと並び、彼女の怒りを察して声を掛けてはこないものの、今朝のことなどあまり気にも留めていないと言った風である。

「こんなの全部やってたら今日もまた残業じゃないの!!」
「ほんと、多いわね…って、あんたその返事送るの?!」
「当たり前ですよ!!」

舞雷はキーボードを引き寄せ、毛利への返信に「イライラするので明日から休暇を取らせていただきます!」と打ちこんで送信ボタンをクリックした。

大して遠くないデスクに普通に座って食事中の毛利のパソコンがメールの着信を知らせる。どうやら自分のことを話しているらしい舞雷に視線をやり、毛利はメールを開いて眉を寄せた。

「…課長、返事見たみたいだけど、何も言ってこないわね」
「………」
「舞雷?…何よ、イライラするから休むなんて言い過ぎたって今更反省してるの?」
「い、いや、そうじゃないよ…」
「?」

舞雷は携帯に届いたメールを見て動揺した。

『すまぬ、今朝は言い過ぎた。愛している』