凱旋する豊臣軍の最後尾を歩いていた三成様を背で阻んだ所為で城に連行された。道中、ひたすら謝り、また赦しを乞う私に三成様は一瞥もくれることはなく、ただ感情を殺した兵が頑なに腕を引く。暗い部屋に放り込まれ一人になった瞬間、恐怖は色を増し、心臓が凍る思いがした。

施錠されるような部屋ではなかった。牢でもない。今まで必死になって赦しを乞うていた所為で、城のどのあたりに連れられたのか覚えていない。
腕を伸ばしても何も触れず、天井は低く、そして暗い。すぐ近くにある戸は引いてみれば容易く開きそうではあった。

――押し入れ?

溢れ出ていた涙と鼻汁を着物の裾で拭いながら、単純に疑問に思った。私が牢に入れる程危険な人間でないことは確かだが、何故よりにもよって押し入れに放り込んだのか。
今回私がしでかしたことは三成様個人への無礼であって、その罰を与える為に豊臣の牢に入れるなり刑罰を科すというのを嫌がったのかも知れない。凱旋を祝う多数の民の前で私を斬ることは正しくなく、忍んで処断するつもりなのか。

今なら逃げだせるかも知れなかった。けれど、どうしても恐怖に竦んだ体は力が入らず、ガタガタ震える腕で戸を静かに開けることも、押し入れから這い出て逃げることも叶わなかった。

絞め殺される小鳥のような声で呻いて泣いていると、戸が開き悪魔の手が伸びてきた。

「ひッ!」
「……どうした、酷い顔だな」

一度は拭ったが、また悲観した私の顔は、涙と鼻汁で濁っている。
現れた三成様は、怯える私のこの姿を、実に不思議そうに見つめていた。その姿から血水は取れて、戦装束ですらない。彼の腕はすぐに伸びて来て、壁に背中を擦りつける私を容赦なく引き出し、脱力しきった体をそれは強く抱き止めた。

「何故泣く、舞雷」

麻痺してしまった四肢の所為で、私は三成様にしだれかかるようにして、ようやく立っている。耳元で囁かれたこの言葉を受け取るのに時間がかかり、何故名を呼ばれたのかを疑問に思うまでも、恐らく長かっただろう。

私は豊臣軍の一兵卒の父を持つも、父はそれといった武勲を上げてもいないし、高名な武家でもない。所詮は平民だ。私の方は三成様を存じていても、三成様が私を、それこそ名を知る程に認知しているなど。

罰として処断されるにしては可笑しい空気だったのだが、恐怖がそう易々と四肢の麻痺を解く筈もなく、同時に枯らせた喉を戻すこともなかった。私は黙ったままだったが、三成様は私の疑問を先読みして答えを吐いた。

「お前のことを一目見てから私は虜だ。ようやく…ようやくこの手に抱ける日が来た」

静かではあったが、熱っぽい声だった。同時に体に回っていた腕が、更に強く締めあげて来る。この痛みが、息苦しさが、これが夢でないことを言い聞かせるようだった。

「み、三成様は…ッ私を、罰すのでは…っ…?」
「罰す…?私は遂にお前を手にする好機を掴んだ。だから此処に連行した。怯えるな、舞雷。今よりお前は私の所有物。決して離れることは許さない。私を裏切ることも許さない。私の為に生き、そして死ね」

激しく脈打っていた心臓が急に静かになった。さぁっと血の気が失せ、寒気に身震いする。

ほんの少しずつ戻って来た声で必死に訴えようとはしたのだ、一目見て気に入っただけの女を、貴方はどうしようと言うのか。衝突したのは計算の内だったのか。

誓約のように求められる接吻からどう逃げる?
こうして私は奴隷になった。狂気を孕んだ愛故に。