「三成様を起こしてきて」
「……はい」

何故私が!と反論したいのは当然。意外とお寝坊だった我らが城主を起こしていたのは刑部様だったが、そのうち飽きただか面倒だと云って女中に仕事が回って来た。そして、出来ることなら極力凶王には近づきたくない女中たちの中で、またその仕事が回る回る。
はじめは体面を気にして古参の女中や女中頭が挑んだものの、例外なくどれも怒号を浴びて惨敗。若い女中も十数人これで辞めた。ついにその恐怖の仕事が、私に回って来たのだった。

逆らうことも出来ず素直に返事をして出て来たは良いが、まともに向かえば私も女中を辞めざるを得なくなる。というのも私だって凶王様はコワイコワイなのだ。私より肝の据わった先輩がばさばさ辞めているのだから、私が耐えられる筈もない。どうにか穏便に起床させる術はないものか…と私は考えた。三成様の部屋のまん前で。

「煙弾を部屋に投げ込むのはどうだろう…」

いや、三成様の自室を煙で満たしてどうする。これでは謀反に間違えられて大事になるのは目に見えている。そもそも起きるかどうか怪しい。

「…獰猛な犬を連れて来て外で吠えさせるか、いっそ部屋に放って…」

いや、犬が死にかねない。
憐れ過ぎる。

幾度頭を捻ろうとも、結局は自分で反論が生まれるのだった。これはもう神に願って三成様がとても良い夢を見て寝起きが良いことに賭けるか…こうして私がまごまごしているうちに自分で起きてくれているよう祈るかだ。そのどちらの幸運も私に味方しないなら、心が砕けて退職…。ああ無情。

「…三成様の部屋の前で…何をぶつぶつ言ってるの?」
「あっ!舞雷様!!」

逃げ帰るかこれ以上時を伸ばすわけにもいかず、決死の覚悟で部屋に乗り込もうとした矢先のことだ。眠気眼を擦りながら現れたのは、何を隠そう三成様の奥方、舞雷様だった。
この人は人柄は良く皆に愛されるお方だが、朝は弱く昼まで寝ているし、学もないし、武にも秀でていない。つまりとても普通の(若干暢気な)女性だった。

舞雷様がこの時間起きていることは珍しい。だから当然選択肢に浮かびもしなかったのだが、これは類稀なる好機だった。舞雷様に三成様を起こしてもらうことが出来れば、全てが穏便に済むのだから。

「舞雷様…実は私、三成様を起こすよう女中頭に言われまして」
「起きてないの?」
「はい、恐らくまだ…。私が行くと三成様酷く怒りますから、舞雷様…起こして貰えませんか…?」

奥方様に仕事を押し付けたと露見すれば、女中頭や先輩たちの叱咤は免れないだろうが…凶王の怒号を浴びるより大分ましだ。私は幾度となく目撃した。三成様を起こしに部屋に入った女中が、数秒後には酷い剣幕で怒鳴られ、部屋から押し出され、刀を突き付けられている様を。誰が行こうがああなのだ。刑部様か、そして恐らく舞雷様でなければ。

舞雷様は暫くぼーっとしていたが、やがて目もぱっちり開いてうんうんと頷いた。

「そうだね、いつも私が三成様に起こして貰ってるけど普通逆だよね」
「ぜひお願いします!私では命がないので!」
「命?…よし、突撃!!」

景気良く拳を振り上げ、舞雷様は勢いよく部屋に入って行った。
女中でこそ酷い扱いを受けるが、寝起きの機嫌が最悪の三成様も、自分が愛でている奥方には怒りもしない筈。そう、三成様は舞雷様を寵愛しているのだから。それはもう見ていて不思議なくらい、『え、これ凶王様?』ってくらい、舞雷様には優し―――

「ギャー!!」
「私の安眠の邪魔をするなああ!」

―――い筈なんだけどな〜……。

「ヒ〜!!」

幾度となく目撃してきた女中たちとまるで同じ光景が目の前に広がっている。部屋の外まで押し出された舞雷様は四つん這いに丸くなって頭を抱えて悲鳴を上げ、鬼の形相で愛妻に掴みかかる三成様。ああ、刀がないことだけは女中と舞雷様で…違う……。

「………舞雷」
「ヒー!」

三成様は舞雷様の首根っこを掴んだと思うと急に勢いを殺し、静かに舞雷様を呼んだ。舞雷様は悲鳴で答えた。

「今度私を起こす時はもう少し色っぽくやれ」
「……ワカリマシタ…」

不思議に思ってお二人を凝視していると、三成様の頬が手の平型に赤くなっていることに気づいた。