私は豊臣傘下の一兵卒の父と、平民の母との間に産まれた。
父は天下に羽ばたく豊臣軍の一人として、訓練や遠征で滅多に家に寄りつかない。それを寂しいと思いながら、しかし誇りに思い、母と二人で慎ましく生きてきた。それなりに幸せだった。

…それが壊れたのは、私にとっては僅かな巡り合わせだった。



とても長い遠征となった戦が終わり、町は歓喜していた。
凱旋する豊臣軍の行列を見守る平民の列に混じり、数多の兵たちの中から父の姿を探す。もっとも、私と同じように兵役している家族を持つ者や、勝利を心から喜んでいる者たちの荒波を掻き分け、また多く似た格好の兵たちの中から父一人を探し当てるのは、酷く難しいことだった。
けれど、此処で父の姿を見つけることができなければ、皆と同じように勝利を祝う気持ちになれない。私にとって、国が勝つことよりも、父の無事がなによりだったのだ。

気の弱い母は後列で私の良い報告を待っている。
何とか最前列に体を出すことに成功し、目を凝らして兵士たちを追うものの、父の姿を見つけることは出来なかった。
長かった凱旋の列が終わり、最後尾の兵の後ろ姿を眺めながら、「まさか」と思う。けれどあまねく全員を調べた訳ではない、きっと見逃しただけだ、そう願ってふらふらと空いた道に体を出すと、後ろから何かに衝突されて地面に倒れた。

「あっ、」

小さく悲鳴を上げた私に、まだ列を崩していなかった平民達が視線を注ぐ。
けれど誰も手を差し伸べてくれることはなく、何とか自力で立ち上がろうとして顔を上げると、そこには全身に血水を浴びた男。思わず絶叫しそうになった所で、相手の顔を思い出し慌てて口を噤んだ。

「も、申し訳ございません…!」

打ち付けた体の痛みも、ついでに擦り切れた腕の痛みも感じる暇はなく、さっと体勢を整えて地に顔を伏せた。
兵卒たちの背から遅れて歩いてきた血水塗れのこの男は、秀吉様の左腕、石田三成様だったのだ。

ただでさえ、名のある武将を前にすれば、平民風情は些細な無礼でも斬られかねない。
何かと厳しいとお噂のこの方を相手に私がしでかしたことは、行く手の阻害。瑣末かも知れないが、斬られるには十二分。

恐怖に震えながら三成様が下す結論を待っていた。けれど、待てども声も刀も降ってはこない。
足音や気配では全く気付かなかったものの、既に去ったのかと顔を上げかけて、すぐに三成様の足先を見つけて顔を戻す。
まだ三成様は何も言わない。
斬り殺すことも、やり過ごすことも。

「本当に申し訳ございませんでした」

殆どが地面に吸い込まれていくのではないかという程のか細い声だったが、私にはこれを並べることしか出来なかった。
三成様が何を思い、沈黙を貫いているのかが判らない。兵士達が歩いて行った方角では歓声が聞こえてくるが、この辺りは妙に静まり返っていた。
誰ひとり物音ひとつ立てずに私がどうなるのかを見守っているらしかった。

「…この女を城に連行しろ」
「御意にございます」
「っ……!!」

ようやく口を開いた三成様は、随伴していたらしい兵士に命じた。
この場で斬られなかった理由は?わざわざ城に連行される意味は?ただ無礼だとして斬るのならば、ただ手にしている刀を抜けばいい。既に血塗れなのだから、返り血の心配などしなくてもいいのだ。
恐らく城にて私は責められるのだろう。だったら、地に伏せている間に一瞬で終わらせて欲しかった。

大仰に震える私に、兵士の無慈悲な腕が伸びて来る。力任せに引き上げられるがまま、何とか立ち上がると三成様が視界に入る。
血水で半身を赤く染めた、恐ろしい姿が。