日が昇り始め、小鳥の囀りを聞きながら三成が目を覚ます。抱き枕よろしく舞雷を抱き締めて眠るのは彼の毎夜の癖である。そして、確実に先に起きる三成は、まだすーすー寝息を立てている思い人を愛しげに見つめて、心穏やかな一日のスタートを切るのだ。

言ってしまえば彼の一日で唯一心底穏やかな時間が早朝である。三成自身もそれを自覚していて、これを毎日楽しみにしていたのだが…。
今日はどういう訳か、穏やかな気持ちどころか、憎しみ、焦燥、不安感、さまざまな負の心が彼を支配していた。というのも、

「(この筋肉質な硬い体が舞雷、そんな…違う、家康……)」

そう、自分のすぐ真横、目を覚ました瞬間飛び込んできたのは、あろうことか徳川家康だったのである。
三成はとりあえず「これは夢だ」と結論付けて二度寝を決め込み、もう一度起きてみたがやはり目の前には家康。いくらなんでも夢で片付けられなくなる。
本来なら今がチャンスとばかり首を狙う所だが、三成には懸念があった。まだぐぅぐぅ寝ている家康、中身は舞雷…かも知れない、と。

「(また刑部のふざけた悪戯で舞雷が家康の体になっていただけだとしたら殺してはまずいが…しかし何かの拍子に本物の家康が…これが本物だったとしたら、私は…いや殺しては…そうだ刑部!!)」

三成は寝起きでぼーっとしていた頭で頑張って考えたのである。そして、肉体が入れ換わる奇天烈な事態の主犯が、己の友人大谷であるとようやく気づいた。
しかし大谷を問い詰めようにも部屋を出ねばならず、この場合確実に寝ている家康の中身は舞雷なのだが、三成は「万が一」という言葉が頭から離れず、とりあえず爆睡している家康なんだか舞雷なんだか…を縄で縛り、大谷を探しに行った。

「いや我は知らぬ、とんと判らぬ」
「貴様以外にあの怪奇現象を操れる者がいるのか!…いや、貴様が知らんというなら、あれは本物の家康か!!」
「それはないであろ。ぬしに命を狙われている徳川本人が、舞雷と位置を交換してぬしの隣で眠るなど…気色が悪い」
「ならなんだ!眠りながらまた日輪か!(※毛利版)」
「我は知らぬと言っている」

知らぬ存ぜぬ判らぬを貫き通す大谷だが、本当は彼の悪戯で舞雷と家康が入れ換わっているのである。

「おのれ…!何もかも家康の仕業だ!この世の総ての不条理は家康!私の心が安寧を得られないのも家康!あいつの所為だ!終いには私の唯一の癒しを奪っ…!!うわあぁあ!!許せん家康ぅうううぅぅ!!」
「………(我は…三成に可哀想なことを…したかも知れん…)」

うずくまってしまった三成を見て、大谷は珍しく反省した。しかしそれも当然である。三成にとって、もはやこの世に残る唯一大切な舞雷という懸想相手の体が、一番憎き相手に乗っ取られ、更に舞雷本人の容姿がその憎い相手そのままなのだから。

逆に、これが自分の仕業であるとバレれば、いかに友人とて命がないと大谷は思った。

「…あい判った、三成よ…どうせ混乱した徳川が本多に乗って急行してくることだろうて…到着次第、我がどうにかしてみせよう。いや、原因は判らぬが戻すことはできるであろ」
「刑部……!!」

三成は犯人を前にいたく感動した。
やがて本多に乗った舞雷(の姿をした家康)が到着、例にもれず舞雷の姿をされては思うように牙をむけず、三成は思いっきり眉を寄せながら部屋に縛り付けたままだった舞雷の元へ。

「み、三成様…こういう趣味があったんですね…舞雷は…舞雷は、あんまり好きではありません、こういう趣向……!!」
「いっい、っ、家康ゥゥ貴様ぁああぁ!!気色悪・」
「待て三成!あれは舞雷、舞雷だぞ!!ワシじゃないぞ!!」
「はっ……すまない舞雷…おい泣くな、判っていないのか?お前が今家康の姿だからつい…お前は気色悪くなどない、気色良いぞ」
「気色良いって…三成、もっとうまい褒め言葉を勉強した方がいいなァ」
「何だと家やっ……、………」
「いやワシには怒鳴っていいぞ…舞雷の姿だからって止まらんでも…」
「刑部が元に戻した直後、貴様を斬め…、………」
「ワシ、ずっとこのままでいいかも知れん」
「早く戻せ刑部――!!」
「わかった、わかった」

舞雷の姿をしているというだけで完封される三成を見て、家康は妙な感慨を覚えた。

とにかく大谷は手こずるフリまで織り交ぜて、やがて二人を元に戻した。
パッと瞬きの間に二人は自分の肉体に戻り、縄で縛られた舞雷と、それを見て大慌てした三成の背後で飛び去る家康。

「……一度、アレに乗ってみたかったな…」
「何!!」

舞雷はもう小さくなっていた本多を見て呟いた。