修羅場をうまく潜り抜け、与えられた仕事をこなした私は、戻りがけに舞雷様の私室を覗いた。 大谷様に書簡を届けに行く前に勃発していた三成様の一方的な制裁は幕を閉じていた。うつ伏せでブッ倒れている赤い塊がそれを静かに物語っている。
「……そろそろ昼餉ですが」 「いらん!」 「私もお団子でお腹一杯…ウプ」 「そんなことよりこの赤い虫を城外へ棄てて来い!」 「(私ひとりに運べと!?)えっ、その…私には無理・」 「早急に、今すぐ、迅速にやれ。私の前からその赤い虫を即座に消せ」 「……はい…」
倒れた真田様は別に肥満というわけではないが、気絶した男の人なんて重くて簡単には運べる筈がないのである。しかしこの三成様相手に、私のような一介の女中の「出来ません」が通用する筈もない。 女の子には無理だ、ということを三成様に悟っていただくには、横で満腹を擦っている舞雷様が提言してくださるのが一番なのだけれど。よほどお腹が一杯らしく、真田様が倒れていることさえ意に介していない。というより…舞雷様はお咎めなしだったのだろうか?
とにかく逆らいきれなかった私は、三成様が鋭く監視している中、真田様の赤い上着を両手に掴んで引っ張った。持ち上げるのは無理だが、引き摺るのはなんとかなる。しかし…舞雷様の部屋から出すのは良いとしても、城外へ引き摺って運ぶのは無理だ。
「し、失礼します!」
なんとか真田様を室内から引きずり出し、戸を閉めることができた。……問題はこれからなのだが。 意識を取り戻してはくれまいかと横顔を覗き込むも…目を回して完全に気絶しているご様子。
「悪いね〜、後は俺様が」 「ぎゃっ!!」
呆然としていると、上方から何かが降って来た。思わず腰を抜かしてそれを見上げると、真田様の部下…忍の猿飛様だった。
「ほんと、旦那もバカ。もう大将なんだから空気くらい読めっての」 「……見てらしたんですか?三成様がお怒りになった時…」 「そりゃもう見てたよ〜、あんたが引っ込んだ後、凄かったんだから」 「…舞雷様はお叱りを受けなかったのですか?」 「え、奥方?あー…まず真田の大将が即刻沈められたでしょ、その後怒鳴り散らしながら責められてたんだけど、大将が気絶したのをいいことに、奥方…団子を独り占めしようとしてたのよね〜。旦那様が近づいた瞬間に驚いて団子が喉に詰まっちゃってさぁ、もう心配で心配で、怒りどころじゃなくなったわけ」 「………そうですか…」
なんとなく気になったので聞いてみたが、全く目に浮かぶようではないか。 同じく団子好きの真田様が気絶している間に彼の分も食ってしまえと団子をほおばる舞雷様、真田様が沈んだので妻を叱ろうと詰め寄る三成様、驚いて団子が喉に詰まり喘ぐ舞雷様を前に、ぎょっとして心配しまくる三成様…か……。
………もう少しいればよかった。
「じゃ、大将は引き取ってくよ〜」 「あっ…、はい、お願いします」
…あれ?今私…怒り狂う三成様のいる場所にいたかったと?そうまでして舞雷様と三成様のやり取りが見たかったの?
真田様は無事軽々と引き摺られていく。私の目の前には閉ざされた戸。この薄い襖の向こうに舞雷様と三成様が、二人きりでいるのだ。
「……忍にでもなろうかな…」
忍だったら猿飛様のように屋根裏にでも隠れて観察できるのに。
――嗚呼、やっぱり私、心臓に毛が生えたかも。それも普通のじゃなく図々しくてとびきり太いやつだ。
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