恐れ多くも凶王様の奥方に前髪を切り揃えていただいたお陰で、私の広めの額は空気にさらされて涼しい位です。

三成様に汚された顔を洗い、女中らが休憩や仕事待ちに使う部屋に戻る。すると、私と同じくらいの時期に城に来た女中たちがぱたぱたと駆け寄ってきて、前髪のことだな…!と身構える私に「大丈夫なの?!生きてる?!」と必死の形相で聞いてきた。

「……あ、」
「あ、じゃないよ!朝三成様を起こしに行けって言われてるの見てから心配だったのに、何故か何度も三成様の部屋を往復しているし!」
「そうだよね…自分でも不思議…」

そうだ、そうだった!何で私はまだ此処に立っているのだろうか?
太陽は着々と昇り、そろそろ昼になろうとしている。朝一に退職予定だったのに。
それどころか、いつの間にか私の中から決定的な恐怖が消えていた。なんだかんだで奥方に惚れている三成様の一面を垣間見たからなのだろうか。もちろん時折怖いのは変わらないのだが、前程の苦手意識がない。

「……私、三成様付きになっちゃったんだけどね、なんとかやっていけるかも……」
「嘘――――!!」
「………」

おしとやかな筈だった彼女らの崩れた驚愕顔は、見なかったことにしてやろう。





「これを刑部に持っていけ」
「はい」

私は三成様に呼びつけられて、いくつかの書簡を預かった。本来こういう仕事は文官などがやるんじゃないの?と疑問はあるものの、その辺もひっくるめて三成様に寄りたくないのが下っ端である。

長居は出来ないので、すっと三成様の部屋から出たが、舞雷様の姿がなかった。私は舞雷様のお付きになった訳ではないものの、気になる。あの奇天烈な方が大人しく部屋にいるものなのだろうか?

幸いにも大谷様の私室に行く途中に舞雷様の部屋がある。ちょっと様子を見て行こうと思い、挨拶すると、中から明るい声が入室の許可をくれた。

「失礼しま―――え゛!?」
「このお団子おいしいね〜、あ、一緒に食べる?」
「あっいえ、」
「先程は失礼致した…!」
「いっ、いえっ、私はいいんですけど、真田様…?!」
「いかにも、某真田源次郎幸村!」

いやそんなことは判っている。

私が顔を上げた瞬間驚いたのは、意識を取り戻したらしい真田様が、あろうことか舞雷様の私室に上がり込み、仲睦まじげに舞雷様と肩を並べて団子を食っていたからだ!

あれだけ「だめだ」と言われ続けていたにも関わらず、どうやら舞雷様は真田様と団子を買いに出、挙句この…三成様を怒らせる気まんまんな状態に持ち込んでいるらしい。

「舞雷様っ、このことを三成様は知っておいでで…?!」
「このこと?あ!大丈夫だよ、此処でお団子食べたって、内緒にしておいてあげるから!」
「そうじゃありませんよ舞雷様!私ではなく肝心なのは真田様です!あれほど三成様に堅く禁じられていましたよね?!」
「そうだけど、でもなんか急ぎの仕事がどうとか言ってたから」
「無視したんですね!目をかいくぐって出掛けたのですね!」
「もう行っちゃったしね!」
「某、決して舞雷殿にはイカッ、いかがわすぃいことはしておりませぬ!」
「もうご一緒にいるというだけで三成様は怒り狂うと思いますよ、それに…」

急ぎの仕事というのは、よもや私の手の中にあるこれではあるまいな?

だとしたら三成様は、傍を離れてしまった舞雷様を探しに立つのではないだろうか?そして真っ先に、そう…私と同じように、舞雷様の私室へ……、

「ヒー!」
「おっ、落ち着いてくだされ!!」
「貴様らあああぁあ!!」

もう、来ていた。