斜めに切れた前髪をどうにかしてほしかったのだが、切ってくれると言っていたような気がするのに、女中頭は食後のお茶を私に押し付け背を向けた。
仕方なく前髪はお二人にこのお茶を届けてからだと、盆を持って三成様の私室に向かった。許可を取って部屋に入るとまだ舞雷様もそこにいて、執務にとりかかる三成様の…どう考えてもあれは…邪魔を、していた。

「三成様、私幸村君と団子買いに行ってくるね。もうそろそろ起きるだろうし」
「だから許さないと言っている。そして黙れ」
「……あの、お茶はどこに…」
「適当にそこに置け!!」
「(ひぃぃ!)は、はい!!」
「ね、三成様!団子買いに行ってくるね、幸村君と!!」
「何度言わせる気だ舞雷!」

そう、舞雷様は嫌がらせなのか何なのか、同じことをずっと強請り続けていたのだ。
そういえば気絶したらしい真田様はどうなったのだろうか?

ついに怒鳴り散らした三成様は筆を乱暴に置いた。おかげで墨が私の方に飛んできて、顔面にぱたぱたと黒い液体が……。

「あ」
「いいからお前は終日私の傍にいろ!団子ならこれが片付いたら共に買いに出てやる、真田が気になるならついでに医務室に寄ってやる!!」
「大丈夫?」
「聞け舞雷―!!」

舞雷様は三成様を完全に無視し、顔に墨汁を浴びせられた私を心配してくれている。ありがたいやらありがたくないやら、実に微妙な心境だ。

「だ、大丈夫です。私のことはどうかお気になさらず!お茶はここに置きましたから、熱いうちにどうぞ」
「ほら三成様、三成様がやったんだよ。女の子の顔に墨を塗るなんて最低だよ、三成様!!」
「何の話だ!!」
「いいですってば舞雷様!」

舞雷様は何故か三成様に謝らせようとしている。しかし正直、辞めて欲しい。何故って、三成様がこれぐらいで謝る筈はない。逆に怒りだすに決まっている。
そそくさと逃げだしてしまおうと立ち上がった私だったが、まさに運命とは皮肉なもので…、一向に私の顔など見もしなかった三成様が、頑なに私を見つめる愛妻の視線を追ってこちらを見たのだ。おかげでさっきの舞雷様の「あ」や「大丈夫?」の意味を知り、そして当然謝ってくれません。
一瞥程度で舞雷様に視線を戻し、さっきの真田様と団子買いに行く発言を殺そうと躍起に。

「それに三成様がやったんじゃないの、その前髪!」
「え、いえ、いいんですよ!!本当に私のことなどお構いなく!」
「私が切り揃えてあげるからそこに座って!」
「……え?」
「舞雷ッ、おのれ…!!」

そんなことよりいいのですか、三成様は。

舞雷様は実に楽しそうににこにこ笑い、どこからともなくはさみを取り出し私ににじり寄ってくる。
三成様はもう呆れたというか諦め、先にとりかかっていた執務に戻った。憤りが字に滲み出ているが大丈夫なのだろうか。

「この短い所に合わせるね」
「は、はい…」
「このあと三成様も切ってあげるねその前髪!」

え、それ言っていいのですか?言ってしまって大丈夫なんですか?

「……舞雷」
「んー?」
「私はいい」
「ふーん」

私の不安をよそに三成様は憤慨したりしなかった。

…そうだ、三成様が気になって集中できなかったけれど、今恐縮にも私の前髪を舞雷様が整えてくれているのだった。
もの凄く近い位置にいる舞雷様はとても愛らしい顔つきで、時折首を傾げながら私の前髪をちょきちょきしている。何故だかとても微笑ましい。

「……ひッ!」
「?え、どうしたの?」
「いっ、いえ…!」
「……?」

ちら、と三成様の方を見たのがまずかった。どうやらこれも、三成様の嫉妬事項に該当するようです。