本来私はか弱くて、臆病な鶏みたいな心の持ち主で、あの怒りっぽい三成様付きにされた時点で長続きする筈もなかったのだ。もっと言えば、三成様を起こしに行けと言われた時点でもうだめだった。

「やはり貴女、心臓に剛毛が生えてるうえ、肝も逸品ね!」
「……はぁ…」

だめな筈なのに、長く豊臣に努める女中頭に、私は度胸を褒められまくっている。これはどういうわけか。
そう、運が良いんだか悪いんだか三成様起床の難は奥方様が負ってくれ、その後の奥方様失踪事件、これはいくらなんでも城で最後の仕事かと思いきや、結末には三成様の凶悪な刀の切っ先がつらのすぐ脇を滑り、無残に前髪が散ったものの…私はまだ立っていた。

「じゃあ、その前髪は後で整えてあげるから。とにかく先に三成様の朝餉の支度を整えて」
「…はい……」

いや、私の心臓に毛が生えて肝が強くなったわけではない。恐らくそんなの通り越して、何も感じなくなっているのだ。これはそんな感じの感覚だ。
だから結局、女中頭が嫌な仕事を押し付けて来ても断ることも出来ないのは、一切変わっていなかった。女中頭はこうなったら私を完全に三成様付きとして仕事を押し付けて来るだろう。

「失礼いたします…」
「また貴様か。私は今機嫌が悪い。用なら早く済ませて去れ!」
「あ、朝餉の配膳をと思いまして」
「いらん!」

三成様が今機嫌が悪いなんてことは判り切っていた。朝餉も前の早い時間から、自分の妻が略奪されたと大騒ぎしたのだから。
機嫌はともかくとしても、ただでさえ三成様の前に配膳するのは難しい仕事だった。というのも我らが主、ややも拒食症だ。だがそれで大人しく引き返すと、三成様が倒れられたらお前の所為だなどと言われるんだから本当に理不尽なのだ、女中というのは。今まで私もこれを何度か担ったが、他の女中も同じく摘み食いをすることで、三成様が食べたことにしている。

今回も摘み食いでいいや…と考えた矢先、面倒なことに気づいた。今まで三成様付きなんて誰も神経耐えられるものじゃなかったから、女中ら総員で代わる代わる仕事をしてきた。それが今後、私が三成様付きとして扱われる以上…三成様になにかあったら、全ての責任が私に来る。今までならよかったのだ、空腹で倒れても誰の所為だか判らない。しかしこれからは…全て私。

隠蔽工作無駄か!

「あ、あの…ほんの一口でも構いませんのでお口に入れ・」
「煩い黙れ消え失せろ!」
「(ひえ〜怖い!やっぱり怖い!)…う、しかしですね、」
「私はいらん!舞雷に回せ!」
「え、舞雷様…?!」

なんとも難しい。おしすぎれば斬られる、ひきすぎても首落ちる。
三成様はしつこかった私にうんざりして、顎で部屋の隅を示した。私がまぬけ面でそっちを見ると…舞雷様が丸くなっていた。

「舞雷様?!ど、どうなさったんですか!」
「…三成様が私の友人幸村君を嫉妬のあまり攻撃し、幸村君は意識不明の重体」
「え、あの真田様ですか?!お元気そうでしたけど、まさか私がいなくなった後…」
「ふざけているのか?自ずと柱に頭を打ち付け勝手に気絶しただけだ」
「うんそう…『某は…某は人妻に手を出してしまったのかああぁあ!』とか言って」
「私は関係ない」
「…きっともう幸村君は私と遊んでくれない…ただ散歩に行っただけで人妻と駆け落ち扱いされたんだもん…」
「ああ、清々した。これで目障りな赤い虫を駆除できたか」
「ああ、元気でない…」

つまるところ、三成様は嫉妬深いのだ。
先の真田様はかねてから舞雷様と仲がよろしいらしく、それを快く思っていなかった三成様は遂に、真田様をやっつけたのだ。それを再認して三成様の機嫌は良くなり、友人を失った舞雷様は暗く沈んでよけいに丸くなった。

「舞雷、飯を食え」
「………」
「…貴様聞いているのか」
「だってそれ三成様のご飯だもん…私のは部屋に置いてあると思うし」
「私を差し置いて部屋で食うのか」
「自分は食べないくせに…此処で食べたら本とか紙に汁が飛んできたとか硯にお米粒が入ってたとか怒るくせに…」
「おい」
「え、私ですか?!」
「貴様以外に誰がいる!舞雷の部屋にある膳を持ってこい!」
「無視かー!愛妻無視かー!三成様!」
「はいただいま!」

……まあ、仲は良い…んだろう。