「うおーー!舞雷様は何処!」

私は元々…普通のおなごだ。こんなはしたなく呻き声を上げながら城中を走り回るような女ではなかった、少なくとも少し前までは。しかしなりふり構ってもいられなくなった理由が理由。
三成様に命じられ舞雷様を探しに城中を一周、二周、見つからずまごまごしているのを捕まって酷いお叱りを受けたのだ。

『何故舞雷を連れてくるのにこれほど時が要る…!すぐに連れて来い!私の刀が貴様の喉を裂くまでに!!』

などと良く分からない時間制限(限りなく短いのであろうことは明白…)で私の命が終わりそうだ。

「ああ島様、舞雷様を見かけませんでしたか!」
「奥方様?やけに赤い男と出かけていく後ろ姿を見たが」
「やけに赤い男?!それは厳密に言うとどの辺が赤いのですか?!髪ですか肌ですか?!」
「いや服……」

赤いは置いておくとして、男とふたりで出掛けた?まさかこれは、夫の酷い仕打ちに耐えきれず、舞雷様…まさか、駆け落ちを…?

そう考えたが最後、私の頭の中は真っ白になった。
とにもかくにも舞雷様を叱らせたのはこの私なのだから!こんなことになるなら珍しく早起きした舞雷様に遭遇するんじゃなかった。大人しく覚悟を決めて私自身が三成様に怒られるんだった。その方が結果はいくらもマシだった。

「どの方向に行かれました?!」
「普通に城下に…」
「舞雷様ぁ〜絶対に駆け落ちなんて赦しませんよ〜!!」
「…駆け落ち…?」

そうだ、まだ朝餉も前の時間だというのに男とただ出かけていく筈ないじゃないか。島様が赤いとしか形容できなかった見知らぬ男と繰り出していくなんて駆け落ち以外にないのだ!舞雷様は乱暴な夫を見限って駆け落ちしたのだ!朝餉もいただかず!

こればかりは止めねばと意気揚々と走りだす私を背に島様は何を思っただろうか。

城下についた私は既に半分死んでいるようなものだったが(未来には死がちらつくし走り回って憔悴した)、人混みを掻き分け掻き分け、やっと赤い男と舞雷様の背を見つけることができた。

「舞雷様―――!!そして赤い男!!」
「え、貴女今朝の…」
「赤い男?!某の事でござろうか…」
「そうだよ幸村くん。赤い男なんて幸村くんしかいないよ」
「おお!確かに赤い服を着ていた!」
「舞雷様そんな三成様と正反対な明るい…というかやはり赤い…男と駆け落ちするなんて!判らなくありませんとも、ええ判りますそのお気持ちは!とても優しそうな御方ですね!しかしですよ駆け落ちは…駆け落ちだけは!今朝のことは私が悪うございました!本来あの場で叱咤を受けるは私の筈でしたのに!!」
「……え?」

私が地に土下座してまくしたてると、舞雷様は間抜けな声を上げるにとどまった。赤い男はぽかんとして口を開けている。

「私が幸村くんと、か「駆け落ちとはなんたる破廉恥なあああぁぁあ!!」
「…え?」

今度は私が舞雷様のオウム返しになった。

「某は…某は三成殿に顔向けできぬ…!!」
「幸村くん。単なる誤解だから顔向けしていいと思う」
「しかし舞雷殿と某…ッ、駆け落ち…」
「だから誤解だもの。私たちただ散歩に来ただけだよ?」
「………何とおっしゃいました」
「散歩中でござる」
「舞雷殿某の口調を真似ないでくだされ…些か恥ずかしいでござる」

なんというかありがちな誤解…なのだろうか。私のようなおっちょこちょいな女中が犯しそうな失敗ではないか。
しかし散歩なら散歩で行き先を告げてくれねば、城主の奥方がいないとなれば大事なのに。舞雷様はやはり自分の地位や空気をいまいち重視していないらしい。

「舞雷様…三成様がそれはもう血相を変えて貴女をお探しです…」
「怒ってた?」
「それはもちろん」
「やばい…三成様怒ると怖いんだよね…幸村くん、一緒に謝ってくれないかなぁ」
「某?もちろんでござる。某が連れだしたも同じこと!」
「よかった〜ありがとう」

いや舞雷様、それは絶対に間違っている。知人ではあるようだがこの赤い男、そのまま三成様に『某が連れだした』と云うに決まってる。そんなことを云えばあの凶王の怒りに油をどばっと注ぐことになるのは明白なのに。

「舞雷様その…お一人でいたことにした方が…」
「三成殿が心配しておられるのでは急がねば!!」
「いざ戻らん!」

妙に楽しそうな二人を御せずに城に戻ると、私の想像通りの発言をした赤い男は、これまた私の想像通りに怒り狂った三成様にあわや斬滅されかけ、舞雷様は腰を抜かし、私の前髪は斜めに切れた。