「毛利が是非にと言っておるのよ」
「だから何だ?」
「……舞雷を嫁にやれば毛利の水軍ごと我らのもの。舞雷も満更でなさそうであったことだし、舞雷を嫁に――」
「刑部…私を莫迦にしているのか」
「…何故そうなる三成よ」
「舞雷が毛利を選ぶ筈がない。舞雷は小さい時からずっと私の嫁だ」
「………」

真顔で言いきった三成を前に、刑部大谷は押し黙った。胸の内に『妹であろ』とつっこみを秘めて。

ことは大谷が同盟の際、毛利への足がかりと勝手に舞雷を連れて行ったのがはじまりだった。
嫁の行く手もあの兄にして見つからなかった舞雷を憐れと思ったこともあるが、毛利側の誰かの嫁にと話が進めばこれ程良いことはない。しかし大谷にとって誤算だったのは、毛利元就自身が舞雷をことのほか気に入り、是非欲しいと言ってきたことだ。
逆に、舞雷が嫁に行かないと同盟自体が進まない。これは裏目に出たと溜息を吐くも、自分が勝手に舞雷を連れだしたのが原因だとは三成に言える筈もない。

「舞雷がぬしに嫁ぐと言っていたのはこんな小さな頃であろ。最近舞雷がぬしに甘える姿はとんと見ぬ。ぬしより毛利に嫁ぐが舞雷の為よ」
「戯言を言うな刑部!今も昔もない!舞雷は私の嫁だ!」
「……妹であろ…」

激昂する三成を前に、大谷はついに言った。しかし三成はへでもなかった。
おかげで大谷の脳裏に不安がよぎる。

『もしや三成…舞雷を本気で嫁だと思い込んでおるのでは…』

それではもはや病気だ。

「大谷様、毛利元就から文が届いております」
「……やれ三成、我には嫌な予感がするわ」
「舞雷は渡さんぞ!」

この妹莫迦の兄をどうしたものかと考えあぐねる大谷の元に届いた文には、嫌な予感そのままの内容が達筆な字で綴られていた。
要約すれば、『舞雷を渡さねば同盟は愚か、我らは東軍につく』といったもの。

大谷は頑張って考えた。考えたが、自分に三成を言いくるめることは出来ないと悟る。だが舞雷を渡さず毛利を敵に回せば戦に勝ちはない。可能性に賭けるなら、やはり舞雷本人の口から言わせるのがいい。
ことは急げと三成を待たせ舞雷を連れて来ると、やはり兄は機嫌を損ねた。

「おい何故舞雷を連れて来た」
「にいさま、私のことでしょ。何で私が呼ばれて怒ってるの」
「刑部!何故舞雷を連れて来たのかと聞いている!」
「だから何でそこで怒ってるの?にいさま?」
「今に始まったことではない。三成はぬしのこととなるといつもこうよ」
「ふん。舞雷に聞いても無駄だぞ刑部。舞雷は私の嫁だと言っている」
「え?」
「始終ぬしのことは『にいさま』と呼んでいるように聞こえるが」
「刑部……貴様、耳が腐っているのではないか?」
「……三成…」
「…え、にいさま…頭が煮えてるんじゃない…?」

三成は本気だった。
本気で病気だった。

「……舞雷、毛利の件だが…」
「私、毛利様に嫁ぎたい」
「もう刑部の顔は見飽きた。戻るぞ」
「…三成はちょうど聞き逃したようだ、もう一度言ってやれ」
「にいさま、私毛利様に嫁ぐね」
「何をぐずぐずしている!早く来いと言っているだろう舞雷!」
「………大谷さん」
「…もう三成の許可はいらぬか……」
「うん…いいんじゃない?聞こえないみたいだし」
「舞雷」
「え、何?にい…」
「毛利に嫁いだら斬滅するぞ」
「……聞こえてたよ、大谷さん…」
「………我にどうしろと」


きこえないふり