『私は、晒し首になっても、あなたを愛し続ける』

思い出すだけでも背筋が凍る台詞だ。
まだ世界は深い常闇。舞雷が死に際に吐いたこの言葉を、夢の中でもう一度再現されて目が覚めた。
涼しい風が部屋に入ってきているにも関わらず、嫌な汗で体中が湿っている。もう一度眠りにつける程のまどろみは残っていなかった。しかし、立ち上がって部屋に灯りをともす気にもなれず、ただ起き上げた体を倒し、そのまま真っ暗な天井を見つめた。

舞雷。

初めて彼女と接したのは、自分の世話係にと半兵衛様に紹介された時だった。そういう女は必要ないと何度も申し上げたが、舞雷ならば実にしおらしい女であるし、煩わせることもないだろうと強く推薦され、仕方なく傍におくことにした。
確かに舞雷はしおらしい女だった。何を命じても嫌な顔ひとつせず、私が腹を立てて叱っても、それがいかに理不尽であっても受け入れて謝罪するような。

浅はかだろうが、そんな舞雷にいくばくか心惹かれていたように思う。だが、あの女の本性はまるで違ったのだ。

「嫌な夢でも見たのですか?」
「……ああ」

傍らで女が問うてくる。闇に溶けるような淡々とした声だ。

「どのような夢です?」
「首を刎ねられる直前、晒し首になろうと私を愛すると誓った女がいた。それを思い出すような夢だった」
「……それは、つまり、首と胴が別れてしまっても、貴方を愛すると?それとも、晒し首にされるようなことをしてでも、貴方を愛すると?」
「首だけになっても、だ」
「まぁ……」

実に平坦な声で女は感心した。
暗闇に目が慣れはじめ、微かに部屋の構造が見えるようになってくる。少し顔を右に向ければ女の姿も見えるだろうが、私はあえて天井から目を離さなかった。

「どういった女性でしたの?」
「しおらしい女だった。だが、本当は強情な女だった。そして、異常に深い愛情を持っていた」
「…そうでしょうね、首だけになっても、貴方を愛すると誓ったのだから」
「その私への愛の為に、あの女が何をしたか判るか?」
「普通ではないこと?例えば、貴方にいい寄る女や敵を、残虐に殺してしまうとか」
「そうだ」
「あら、当たってしまいましたの」
「普段の姿からは想像もつかない。はじめ目にした時は己の目を疑ったが、血に塗れた舞雷は…確かに舞雷だったのだ」

本当に敵だけを排除するならよかったかも知れないが、舞雷はやり過ぎた。一度手にかけると、堰を切ったように次々と殺して行った。中には若い町娘も交じっていた。
だから斬首になったのだ。

「貴方はその方をどう思っていたのです?」

嗚呼、ただ一言であらわすならば、確かに愛していた。

「愛していた。何も与えず、遂には告げることもなかったが、私なりに愛していた筈だ」
「今は?」
「……今は、だと?」
「彼女は貴方を愛しているのでしょう、今でも。では、貴方は?」

強く引かれるように女の方を向きたくなった。だが、どうしても女を見たくなかった。己を引き止めるように拳を握り、返す言葉を模索する。

「いや、私は…あの血塗れの舞雷に狂気を見てから…」
「貴方とそっくりではないですか。愛する者の為ならば、手を血に染めようと、己を危機にさらそうと、関係ない。結果晒し首になろうとも。晒し首になった後も、愛してゆける」

先程までは闇に溶けるような淡々とした声だったのが、感情を籠めた強い声に代わっている。
また女の方に引かれる想いがした。だが、まだだ。まだお前を見たくない。

私は舞雷の狂気を見てから愛おしさなど感じたことはない。
愛していれば、どんな蛮行を犯そうとも、私が黙って斬首などさせるものか。私は止めなかった。そして舞雷は死んだ。だが、本当にあの時から愛することを辞めたなら、何故こんなにもお前を思い出す?何故、確かにあの時死んだお前が、そこにいるんだ?

「お前はいつから私を愛していた?」
「はじめから。そして、これからもずっと」

此処でようやく私は女を見つめた。
首だけの女を。


生首の女