そうだ、このまま瞼を閉じれば刹那のうちに喪える。えずくように小さく喘ぐ矮小な命の持ち主。それは瞬く間に落下して破裂する。私が与えてきた穢れた劣情の総てを抱いたまま。
そうだ、手を伸ばせばこの女を救うことが出来る。城壁にしがみついて震える手を掬ってやれば、温かい肢体に触れることが出来る筈だ。
ただそれらを迷うのは私の愛が崩れているからだ。生まれた瞬間からひび割れ渇いたこの愛が、思うように動かなくて私自身辟易した。苛立った。だがこれは確かに愛だったのだ。激しく己のうちにのたうつ愛が、この女の…舞雷の、全てを蹂躙したいと吼える。だが一方で舞雷の全てを、あらゆるものから庇護したいと痺れを発す。
「私はどちらを重要と捉えるべきだった?」
一時は蹂躙したいと吼える心を信じた。おかげで舞雷は城壁にしがみつき、死の淵で私を見つめている。こうなれば次に私に現れる愛の示唆は、庇護欲だと思った。だが実際はそうではなく、また同じ二択なのだ。蹂躙するか、庇護するか。これ以上痛めつけるか、助けるか。
「舞雷…お前が望むのは優しい私だ。そんなことは判っている。だが私は…お前に優しいだけでは内にくすぶる愛情を示しきれないと思ったのだ」
例えばあの時お前の咽び泣く姿を嬲ったのも愛故だ。お前の血飛沫も痛みも愛していた。優しくするのと同等に深い愛があったことを知ってくれ。
虚しくそらでからすが啼いた。愛していると四回呟き私は踵を返す。そう、私はとっくに瞼を閉じて暗闇に立っていた。刹那だった。本当に、刹那だった。蹂躙と庇護の二択を迷う時などなかったのだ。有り余る時の使い方はいつだって後悔だった。私はどちらにも転ばなかったが、蹂躙の手が見えた時点で終焉は訪れて、舞雷は消えた。手の届かぬところへ行ってしまった。何も考えず手を伸ばせばお前を抱き締めることができた。温かいお前の耳に愛していると言えたのに。もういない、もういないのだ、もう―――。


見捨てた魂に焦る