真っ暗だ。

手の平が血水でべとべとする。ごとりと音を立てて机上に倒れた女の頭部に触れた時だろうか。よく見れば女の髪も血で固まり、机上にもどろりと赤黒い血がたゆたっている。女は何故か着物を肌蹴て、露わになった乳房の間から臍にかけて、まっすぐな美しい傷跡を持っている。それは鮮血が滲み出て臓器を捌くように、しかし妙な興奮を覚える光景だ。

真っ暗だ。

女は美しい貌をしていた。大して女に執着のない私でさえ心奪われるようなカンバセ。吸い付きたくなる陶磁の絹肌。女の色香を滲ませる肉体。血さえ付着していなければ艶美であろう長い髪。しかし私の見下ろす先でこの女はこと切れている。私の執務机の上で。

真っ赤だ。

死体を犯す趣味などないが、身体を屈めて女に覆いかぶさってみる。頬を擦り合わせても女の熱は感じない。無機質に冷たいだけだ。柔らかそうな肌ももはや死後硬直の餌食、私の頬の体温を吸い込んでゆくだけ。机と私の間には何もないかのようだった。もしもこの女が生きていたら、私は迷わず接吻し、多少の抵抗もいとわず抱いたろう。机の上であろうと構うものか、この女が己の手に入れば良い。恐らくこの女の嬌声は私の鼓膜を酔わせるだろう。そう思うと、女がこと切れていることを酷く残念に思った。

真っ赤だ。

何かがおかしい。美しい女は頭部に酷い裂傷、乳房の間から臍にかけての深い太刀傷を負ってこと切れている。死んでからいくらかは時が経っている筈だ。人の形はしているが背筋が凍る程冷たい女の肢体をなんとなく触診していれば、やがて到達した陰部に情事の跡を見つけた。強引に抱かれた所為か血が滲み、中からは男の精液もぐじゅりと垂れ出て来る。

真っ黒だ。

恐らく強姦された後の殺人だ。誰かが私好みの美しい女を、私の部屋で、私の執務机の上で犯し、殺した。私の手には女の頭部から流れた血。私の足元には切っ先に血を乗せた愛刀。……実に莫迦莫迦しい話じゃないか。

真っ白だ。

酷い頭痛と眩暈がして私は膝を折る。私も半裸だ。少し前に女と交わった形跡が私にもある。女の血でべとべとになった手の平を舐めると酷く醜い味がした。そう、そうだ、真実などひとつしかあるものか。私は机上の美女を愛するが故に強姦し、愛するが故に殴り付け、斬りかかり、挙句息の根を止めた。そして暫しの沈黙の後、静寂の中に記憶を捨てた。だが目の前は黒く、赤く、白くなり、全てが戻ってくる。

「舞雷、舞雷……」

私はもう一度身を屈めて女の、舞雷の頬に口づけた。しかしこの死体がどうして答えてくれようか。苛立ち紛れに刀を拾い、舞雷の腹に突きたてても、悲鳴を上げるのは舞雷の下の机だけ。噴き出る血潮が私の顔を犯してもくれない。ふざけるな、認めるものか、お前の血で私を汚せ、可愛い声で罵り言葉を吐いてみろ。しかし死体がどうして答えてくれようか。何度刺しても悲鳴を上げるのは舞雷の下の机だけ。やがて机もこと切れて私たちは情けなく倒れ込む。私の目の前には舞雷の横顔。私はどうしたらよかったんだ。


愛しき愛しきお前