砲撃を浴びた船の瓦礫にしがみついて海水に浮き留まるのは割と難しかった。というのも、まず鎧だの陣羽織だので重装備をしている上に刀を装備している、カナズチである、まだ近辺は戦場である、と多くの理由がある。

毛利軍の弓や砲撃がすぐ頭上を飛んでゆき、小舟の上でちょろちょろ動き回っている少女を狙うも上手く当たらず、反撃の矢で悲鳴を上げるありさま。更に遠くから見なれた長曾我部の船が姿を現し、毛利軍の船を一隻沈めた。見つかればすぐに回収されてしまうと長曾我部に背を向けて木片に乗り水をかくが、黒田とかいう男がぼろい船で凶悪な鉄球を振り回していたので近寄れない。

これはまずいと近くに移動してきた毛利軍の船を見上げる。すると、この砲撃乱舞の中普通に甲板に顔を出している毛利様を発見した。隣には見なれない怪しげな男がいるが、とりあえずいないこととする。

「毛利様――!毛利様―――!」
「……大谷、何か聞こえたか」
「…否定して欲しいのか、毛利よ。しかし我には海面であがく女がぬしを呼んでいるのが見えた」
「……何故貴様海に落ちている!!このうつけ者めが!!」
「おお怖い怖い、ぬしは怒鳴ることもできるのか」
「申し訳ありませ――ん!引き上げてくださいませ――!!」

毛利様は遠目にも判るほど端整なお顔を歪めて面倒くさそうに引っ込んだ。隣にいた男は愉快げに私を見降ろしているように思う。

これで助かった。しかし、安堵するには不十分だった。なにせ私、毛利様から「弓もひけず船の操作も出来ぬのならば、大人しく我の護衛でもしておれ」と命ぜられ快活に返事をしたというに、乗り込む船を間違えていたのである。更にその船はどこからともなく飛んできた砲撃で粉砕、瓦礫となった木片にしがみついていたというわけだ。

やがて毛利様がまだ死ぬほど面倒だという顔を覗かせた。そして梯子をひょいと投げ、私はバタバタ暴れてそれにしがみつく。毛利様がちゃんと梯子を押さえていてくれると限らなかったので、体重を掛ける前に見上げると、抑えていたのは隣にいた男だった。
とても複雑な心境だったが、とりあえず面倒そうにしている毛利様より安心して昇れることは確かだ。毛利様では途中で手を離しかねない。

「ふぅ、おなごというのも存外重い」
「なんと失礼な…この怪しげなお方はどなたですか毛利様!」
「それを聞いてどうするつもりだ」
「勿論、舞雷めは与えられた仕事をこなすのみ!」
「……つまり、我の護衛を務めるというわけか」
「そうでございますとも。いかにも怪しげなこの男は敵ですか、味方ですか?!」
「今更問うことか、救いようのない愚か者め」
「ぬしの護衛は愉快なことだ」
「回りくどくて舞雷めには判りませんよ毛利様!とりあえず敵ですね、敵ですよね!!」
「ぬぉっ」

ややこしいことは、どうでもいい。

水に濡れた刀をがんばって抜き男に斬りかかったがふよりと避けられ、どこからともなく玉でどつかれた。計らずも毛利様の方によろけてしまい、お顔を見たら、それはもう冷たい面で私を出迎え……。

「…まったく、貴様に寄せてやった好意の全てを撤回したい思いぞ」
「え、好意!?」

今までの毛利様の言動のどこに好意らしい好意があったというのか。
未知すぎてうろたえる私を、毛利様は船から突き落とした。


智将はこれを愛と云う