「ほう…それで、貴様…我に惚れていると?」 「はい、そうでございます…!」 妙にいじらしく付きまとって来る町民の女がいるというから、一目顔を見てやるかと気まぐれで城に上げた。するとどうだ、予想していた醜女とはかけ離れて器量は良い。そのことが面会時間を引き延ばし、戯れに二、三言葉を交わせば、女の名が舞雷、戦に出る我の姿を見て以来、愛おしくて仕方が無いのだと判った。
恭しく腰を曲げ、手を畳に擦りつけはしているが、肝心の顔は上げたり下げたりと忙しない。所詮町民の女だ、時折こうして顔を合わせる高貴な女とは礼儀の格差がはっきりしている。いっそ顔を上げよと命ずれば大人しくなるであろうが、許しが無い為下げている頭が、此方の様子が知りたいあまりにひょこひょこ上がるのが面白いので、あえて黙っていた。
「…それは所謂一目惚れというものか。くだらぬとは思わぬか、一目見た時点でその人間の内面まで見破れるとは思えぬ。造形だけで善し悪しが判れば世は格段に渡り易くなるであろうな」 「舞雷めには、難しいことは判りかねます。ですが、その人の雰囲気である程度の性格は想像がつきます」 「貴様の目は節穴だな。我が優しい男に見えたか」 「恋に落ちる理由に優しさを感じなければならないとは限りません」 「……内面は問わないと?それとも、そなたが好みだというこの顔と、国主たる地位や富がそれを補うか」
話している間は比較的顔を上げてこちらを熱心に見詰めていた舞雷だったが、この質問に答える前に勢いよく顔を下げた。大袈裟にもとれる行動に些か驚かされ、つい答えを急かすのを忘れると、舞雷は心なしか体勢を獲物を狙う猫のように低くして、礼よりはひれ伏す姿勢と化した。
「元就様は、ご自分の内面に自信がないのですか?そのような言い方をするなんて…」 「…声が籠って聞こえぬわ。畳を相手に喋るでない、いい加減顔を上げよ」 「すみません。……元就様は、ご自分の――」 「ああ、もうよい!それは聞いた!」
此処へ来ていくらか声を張り上げた直後、ようやく気付いた。元は気まぐれで会ってやっただけの女を相手に、自分は冷静さを欠いている。確かに心を揺さぶられているのだ。
やっと顔を上げて座っている舞雷は、また熱心に此方を見つめている。それがまた居心地の悪さを酷く演出しているように思えた。
「…貴様、間者ではあるまいな…」 「な、何故です?私は紛れも無く貴方の領土の一町娘です。戦は大嫌いですし、貴方が好きなだけですのに」 「…………」
これがどこぞの送り込んできた間者に属する者だとすれば、この時点で十分な効力があったかも知れない。しかし一拍置いて考え直せば、舞雷がただの町娘以上のものであるなどとは、根拠が一切ない。 どこまで自分はかき乱されているのかと頭痛さえしてくる始末。
「はぁ…」 「どうなさいました?」
正直に言えば休息が欲しい。
「貴様の目的がわからぬ…」 「ただ貴方が愛おしいとお伝えしたかっただけでございます。いてもたってもいられなかったので」 「…それで貴様に何の得があるというのだ?町民ごときが、こうして我と対面していることさえ奇跡に近しいこと。その上好いているなどと片腹痛い」 「無礼であると斬り捨てられても良かったのです」 「……益々わからぬな…」
さて、すぐにでも逃げてしまいたいが、この女をどうすべきかを考えなければならない。殺すには十分な理由が無い。部下に命じて外へ放り投げることは容易く、一番適切な方法と思えたが、そうすれば恐らく我々の接点は消えてなくなるだろう。 こう思う時点で我はおかしくなっている。この女との繋がりが消え失せるには惜しいと思うなど、理由を求めれば求める程頭が痛くなる。
「では、その…お邪魔いたしました」 「……自ずと消えると言うか。さすれば二度と我とは会えまいぞ」 「…はい。お会いしてくださってありがとうございました。礼義正しいとは言えない態度でしたから、もし無礼とお思いなら罰を」 「…よい、罰などいらぬ。…それより、近う寄れ」 「はい…?具合が悪そうですが…?」 「二度言わせるな」
舞雷はゆっくりと此方へ近づき、頭痛に代わって脈が狂い出す。
我が心を攫うか
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