「貴方に何が判ると云うのですか」 「我は数少なき三成の友人よ。他では耳に入らぬことも我は知っている」 「…信用に値しません、刑部殿」 「ほう、その根拠は」 「貴方のお人柄です」 「………」
刑部殿の方はいつもと変わらぬ声色だったが、私の方は些か語気強めに喋っていた為、ただでさえ妙な組み合わせの私たちなのに、更に言い争いかと誤解して、兵士たちは通りすがり足早。 大体にして私は刑部殿にこのような口をきける立場ではない(勿論個人的な仲もよろしくない)。何故このような展開になっているかといえば、発端は刑部殿だった。厠へ向かう私を捕まえ、廊下の隅に誘導したかと思うと矢継ぎ早に、『この頃三成はぬしへ懸想するばかりで仕事にならぬ』などと告げたからだ。この物言いでは私が叱られているようで些か気分が悪い上、三成様が私に恋慕しているなどとはくだらない話だった。
「あまりの衝撃発言に当初の目的を忘れかけていましたが、刑部殿。私は厠へ向かいます故これにて失礼!」
さりげなく人柄を否定してしまった私の前で押し黙る刑部殿の姿は異様に恐ろしかったが、私は負けじと語気を強めて厠へ直行するつもりだった。冗談ではなく我慢も限界だ。 しかし私は理由は何とてあの刑部殿を侮辱してしまったのだ。そしてそれに気づかぬ刑部殿ではさらさらない。押し黙っていたのは私への刑罰を如何するかを考えあぐね。当然私は無事に厠へなど直行できず。
「痛ッ!!」 「そうか、我は信用に値せぬか」
刑部殿は声色ひとつ変えず、浮遊している数珠で私の頬をぶん殴った。
「生まれてこの方男運に恵まれず、愛の告白はおろか異性からの好意さえ受け取ったことのないぬしを憐れんでの我の善意を…無にするとは笑止」 「な…何故知っているのですか…!そんな個人的なこと!」 「我には全てお見通しよ」 「それに刑部殿が善意だなどと甚だおかしい!やはり三成様が恋しているのは私ではないのでしょう!本気にした私が三成様に抱擁でも求めて斬滅されるのが見たいのでしょう!」 「本来ならば、そうよ…と言いたいところだが、これは真よ」 「………まだ言いますか」 「ぬしに懸想するばかりで本当に仕事にならぬ。信じられぬのなら己で見よ。恋煩いの凶王が、自室で山と積まれた書簡に埋もれておるわ」 「…騙されませんよ、私は…!」 「……疑い深きも結構なことよな。それ、ならば来い」 「え、ちょ…刑部殿!?」
不思議な力で宙吊りにされた私は、刑部殿がふよふよと飛んでいくのに倣って拉致された。 確かに刑部殿の言うことは半信半疑で、真偽の程を確かめる意味で三成様の自室を覗くくらいなら…とは考えたが、何にせよ厠の次のことだ。生理欲求が限界まで脳に訴えているのに、嘘か真かなどどうでもいい。
「刑部殿、判りました信じます!だからその前に厠…」 「見やれ」 「厠…に…行きたいというか行かないとやばい…んです…って…」
刑部殿は乱暴に私を床に落とすと、仰々しいそぶりで部屋の中を指差した。 情けないが尿意と戦いながらそちらを見やると、刑部殿が言った通り山と積まれた書簡、そしてその隙間で頭を抱えた三成様が視界に飛び込んできた。
「我の言葉は真実であったろ」 「…いいえ、刑部殿。三成様はきっと睡眠不足か何かで頭痛を訴えておられるのですよ」 「……往生際の悪い女よ…」 「いや!あれはきっと姿勢ですな。居眠りですよ」 「無性に愛おしい!!」 「…今のは寝言か?」 「……まあ、懸想するにしても相手は私ではないでしょうな!」 「舞雷…何故こうも私の心を掻き毟る…!!」 「…………」 「反論の術もそろそろなかろ」
置きみやげに怪しげな笑いを残し、刑部殿はご機嫌な様子で去って行く。 置きみやげの所為でこちらに気づいた三成様とがっちり双眸がかち合って、何にせよ厠…という選択肢が真っ黒に塗り潰された。
「舞雷!!」 「み、三成様、あわわ…!」 「…ちょうど良い所に来た。舞雷…私はお前に告げねばならぬことが…。あれはそう、お前が餌やりに失敗し天君に轢かれそうになった時……」 「なんか長そうですね!三成様ちょっとその前に私用事が…」 「黙って聞け!私が愛の告白をしようという時に用事などと赦さない!!」 「…手短にお願いします…」 「せっかちめ…。いいから大人しく聞いていろ。天君に轢かれそうになった時たまたま通りかかった私が仕方なくお前を救って……うんぬん」 「うぅ……」
結局私は耐えに耐えたのち恥を捨てて大声で『もれるーー!!』と叫び、三成様をそれはもう驚かせ、去った筈の刑部殿を招来してまで厠へ向かった。
「三成よ…あれが本当に可愛いか?」 「ああ刑部…たまらなく可愛い」 「………そうか」
ちょっとおまぬけなところが
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