珍しく学校に遅刻することになった。無遅刻無欠席に特別な賞が出るでもなく、出たとしても感心のない私にとって、この結果は教室入りするのが少々気まずい程度のことだった。 途中、私と同じく寝坊したと思しき見なれない男子校生が猛スピードで自転車を駆って行ったが、開き直った私はゆっくり歩いていた。校門を視野に入れた時、それを酷く後悔したのだが。 「学年チガウ、学年チガウ……」 「何をぶつくさ言っている?」 「毛利先生の担任3年。私1年」 「だから何だ」 「私カンケイナイ…」 学校全体の遅刻者取り締まりとでも言ってしまえば、もう人気のない校門前で腕を組んで仁王立ちしていた毛利先生の存在は、それほど異様ではなかっただろう。しかし彼は明らかにターゲットを一人に絞っていた。何せ、さっき声をかけられる寸前に男子の駆る自転車がノーチェックで検問を通過したのだ。 「あと1分姿が見えねば探しに出ていたところだ」 「先生もう朝のホームルーム始まってるよね、担当のクラス持ってるんじゃないの…?」 「あんなクズ共はどうでもよい。いつもの時間には現れず、校鈴が鳴ろうとも現れず、電話も繋がらぬとは。原因が寝坊ならこの場で平手打ちの一発も食らわせてやりたいところだ」 「……あ、サイレントマナーだったから…携帯は…」 「マナーではないわ、電源が切れておる」 「えっ。そんな筈は…」 「ならば、そなたが我の着信を拒否しているか、避けるように番号を変えたかだな」 「してないしてない…多分間違ってボタン押しちゃったんだよ。それか偶然電波がなかったとかね…」 「………寝坊であろう」 「…………ハイ……」 一度拗ねてみたかと思えば、やはりどう上手く誤魔化そうとしても、誤魔化されてくれないのがこの男。 年の差十はある女子生徒に手を出している癖に妙に頭がよく、それに強烈に個性的だった。 「毛利先生、学校で生徒に平手打ちとか本当にしちゃったら駄目ですから」 「此処は校内ではない。よって、今の我々は男と女以外の何者でもない」 「一歩下がったら校内じゃん!」 「一歩下がらぬから校外ぞ」 時折こういう子供じみた会話が生まれるのは、私だけが子供だからというのが理由ではない筈だ。 ともかく、本当に平手打ちされそうだったので、それは必死に謝って許してもらった。遅刻うんぬんというより、心配だったというのだから、この奇想天外な事象にこちらも赦しを出さねばならない。 「そのうちクビになるよ。担当のクラス放り出して一人の生徒を校門で待つなんてさ」 「ならば舞雷が遅刻しなければよいだけのこと」 「………そうだろうけど」 思えば、毎朝校舎も違う1年の我が教室に、私の存在を確かめに来ていたと彼は言った。 「ねぇ、まさか学校にいる間中見張ってたりしないよね?」 「見張られるとまずいことでもあるのか?授業態度は必ずしも良しとは言えぬが、抜けだしてさぼるようなことは無いな。それは評価してやろう」 「ちょ……」 「それから、二限の体育はプールでの授業らしいが、そなたは欠席になっている。担当の長曾我部には話をつけてあるからな。その水着セットを寄越せ、病欠が理由ぞ」 「………ストーカーじゃん…」 「ふん」 プールは珍しいし楽しみだったのに。
過保護すぎます
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